信濃國 大御食ノ社に伝わる神代文字で書かれた「美しの杜社伝記」を解明してます。
by 史郎
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「金刀比羅宮」が「阿波宮」だとおもう。

泡輪宮(阿波宮)は どこか?

「神代皇代大成経序(かんみよすめみよの おほいなるつねのりの ついでぶみ)」は、序文によると聖徳太子と蘇我馬子が編纂し、太子の没後、推古天皇が四天 王寺、大三輪社(大神神社)、伊勢神宮に秘蔵させたとある。

さらにその原史料とな った文書は、平岡宮と泡輪宮で、小野妹子と秦河勝がそれぞれ おほんかみから授けられた土簡(はにはこ)に刻まれていたという。

また「ホツマツタヱ」は、
「昔 モノヌシ 御言宣 受けて作りて 阿波宮に 入れ置く 後の 代々の文 ・・・」
と、阿波宮に納めたことが記される。(※モノヌシ=大物主の簡略)


◇ さて、ではこの「阿波宮」はどこか?

私は「金刀比羅宮」が「阿波宮」だとおもう。

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① 飛騨の口伝では、四国の阿波は紀元前3世紀頃、飛騨皇孫が拓かれた土地で、あは山を懐かしみ偲んで「あはのくに」阿波と名付けたようです。
「和名抄:飛騨国大野郡阿拝(あは)郷(乗鞍岳の太古の呼び名)」


② ホツマツタヱでは、阿波宮(コトシロが館)に、クシミカタマ(櫛甕玉)は、自らが編纂した「ホツマツタヱ」をこの宮に蔵めたとある。


③『金刀比羅宮御由緒略』には、「大物主大神は天照皇大神の御弟建速盞鳴命の御子に坐して、御母は刺国若姫命と申されます。大神は父命の御意志を承けて、夙に大八州の国土経営に御心をそそがれました。」とあり、大物主大神はクシミカタマ(櫛甕玉)と推測されます。
『出雲国造神賀詞』では倭大物主櫛甕玉命という。


④ ゆえに、金刀比羅宮 が 阿波宮=コトシロが館。 コトヒラはコトシロが訛ったもの。

『玉藻集』(1677)や『讃州府志』(1745)には、「この山の鎮座すでに三千年に向づく」とある。


# by hansaki460 | 2018-08-31 07:50 | Comments(0)

昭和7年の結婚式

なにか いいですね。(拾いものですが・・・)


1932年(昭和7年)、山梨県の敷島村という所での結婚式です。


この格好が当時の風習なのかは分からないのですが、神々しくて素敵です。


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# by hansaki460 | 2018-08-29 08:53 | Comments(0)

ホツマツタヱは啓示のもんじょ

やはりホツマツタヱは、啓示の文書だと思う。


        昔 モノヌシ

   御言宣  受けて作りて

   阿波宮に 入れ置く 後の

   代々の文 まちまちなれば

   見ん人も あらかじめにて

   な謗りそ 百千試み

   遥かなる 奥の神道へ

   まさに入るべし


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# by hansaki460 | 2018-08-28 10:59 | Comments(0)