信濃國 大御食ノ社に伝わる神代文字で書かれた「美しの杜社伝記」を解明してます。
by 史郎
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by hansaki460 | 2018-10-13 22:29 | Comments(0)

DNAと方言による、九州地方の分類の試み

「大隅国風土記・逸文」に見られる「隼人の語彙」がマレー語として解釈出来るし、褌(ふんどし)などの習俗もインドネシアに見られるという。
熊襲と隼人は共にインドネシア語を喋る同系氏族。

熊襲・曾於族兄弟が話す言葉がインドネシア語というのは、インドネシア語=オーストロネシア語族民の言葉という意味で、オリエント系アラム文字の様な表音文字を使用していた民族と同系の民族という意味。

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そもそも熊襲というのは、九州南部の「熊(球磨)の地域」と「曾於の地域」両方に住むY-C1a1 & C3aの兄弟民族で、熊(球磨)は球磨川上流域の人吉盆地の人吉市と球磨郡一帯、曾於は鹿児島県国分市、姶良郡隼人町、福山町、霧島町一帯(養老4年の隼人の乱の本拠地)。 【ニコイの水芭蕉】


by hansaki460 | 2018-09-17 04:37 | Comments(0)

発毛

【事実は小説より奇なり】

偶然の発見です。

私と友人が、超臨界の雰囲気の中で出来た水を頭にかけて、毛が生えました。
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(写真は友人で、45日目)

by hansaki460 | 2018-09-11 06:22 | Comments(0)

「蝶:常世虫」は「蛾:おしらさま」に負けた!

【 日本古来の「常世の思想」が廃れた ひとこま 】


古代、「蝶:常世虫」は「蛾:おしらさま」に負けた!


なぜ「蝶」という字に訓読みがないのか?

なぜ 万葉集には「蝶」の歌がないのか? に挑戦します。(^^


日本書紀、皇極三年の項に「常世神」という言葉が出てくる。
「常世虫(とこよのむし)」とは、アゲハチョウの幼虫のことで、橘の樹に宿る。


ホツマツタヱによると、『クニトコタチは「トコヨの道」が通った地に「トコヨの木」(とこよのはな) を植えて、そのシンボルとした。この「トコヨの木」が『橘』である。「タチバナ」とも「カグ」とも呼ばれる。』という。それでアゲハチョウの幼虫をとこを「常世虫:常世神」といって尊崇した。


一方支那では、蝶のことを「胡蝶」といった。「胡」は、北西方の未開民族・異民族・外国の意を表す。(胡人・胡服・胡弓・胡楽(こがく)・五胡十六国・胡椒(こしょう)・胡麻(ごま)・胡粉(ごふん) など。wiki)

だから支那では蛾を重宝し、美しさの形容詞として「蛾」の熟語がある。「翠蛾(すいが)」「蛾翠(がすい)」「蛾眉(がび)」「娥眉(がび)」「青蛾(せいが)」「紅粉青蛾(こうふんせいが)」

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古来日本のクニトコタチは「トコヨの木:橘」を植え、樹に宿るアゲハチョウの幼虫を「常世虫:常世神」として尊崇した。

一方283年、秦氏が養蚕と絹織物の技術を伝えたと伝わる。
そして蚕を「おしらさま」といい、常世虫信仰を駆逐した。


その結果が、万葉集に蝶の歌を禁じ、かつ蝶の訓読みまで抹殺してしまったのではないのか?

しかし、平氏の丹色の「揚羽蝶」や、信長も「揚羽蝶」を好んで使い、復活した。


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「トコヨ国」とは「先行する時代の国々」「独り神の時代の国々」という意味だ。

ところが時を経て人皇の時代になると、「トコヨ」はホツマ国・ヒタカミ国のことを言うようになる。ヤマトの政権が及ばない東国をトコヨと言うようになったようだ。



by hansaki460 | 2018-09-09 17:13 | Comments(0)

「金刀比羅宮」が「阿波宮」だとおもう。

泡輪宮(阿波宮)は どこか?

「神代皇代大成経序(かんみよすめみよの おほいなるつねのりの ついでぶみ)」は、序文によると聖徳太子と蘇我馬子が編纂し、太子の没後、推古天皇が四天 王寺、大三輪社(大神神社)、伊勢神宮に秘蔵させたとある。

さらにその原史料とな った文書は、平岡宮と泡輪宮で、小野妹子と秦河勝がそれぞれ おほんかみから授けられた土簡(はにはこ)に刻まれていたという。

また「ホツマツタヱ」は、
「昔 モノヌシ 御言宣 受けて作りて 阿波宮に 入れ置く 後の 代々の文 ・・・」
と、阿波宮に納めたことが記される。(※モノヌシ=大物主の簡略)


◇ さて、ではこの「阿波宮」はどこか?

私は「金刀比羅宮」が「阿波宮」だとおもう。

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① 飛騨の口伝では、四国の阿波は紀元前3世紀頃、飛騨皇孫が拓かれた土地で、あは山を懐かしみ偲んで「あはのくに」阿波と名付けたようです。
「和名抄:飛騨国大野郡阿拝(あは)郷(乗鞍岳の太古の呼び名)」


② ホツマツタヱでは、阿波宮(コトシロが館)に、クシミカタマ(櫛甕玉)は、自らが編纂した「ホツマツタヱ」をこの宮に蔵めたとある。


③『金刀比羅宮御由緒略』には、「大物主大神は天照皇大神の御弟建速盞鳴命の御子に坐して、御母は刺国若姫命と申されます。大神は父命の御意志を承けて、夙に大八州の国土経営に御心をそそがれました。」とあり、大物主大神はクシミカタマ(櫛甕玉)と推測されます。
『出雲国造神賀詞』では倭大物主櫛甕玉命という。


④ ゆえに、金刀比羅宮 が 阿波宮=コトシロが館。 コトヒラはコトシロが訛ったもの。

『玉藻集』(1677)や『讃州府志』(1745)には、「この山の鎮座すでに三千年に向づく」とある。


by hansaki460 | 2018-08-31 07:50 | Comments(0)

昭和7年の結婚式

なにか いいですね。(拾いものですが・・・)


1932年(昭和7年)、山梨県の敷島村という所での結婚式です。


この格好が当時の風習なのかは分からないのですが、神々しくて素敵です。


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by hansaki460 | 2018-08-29 08:53 | Comments(0)

ホツマツタヱは啓示のもんじょ

やはりホツマツタヱは、啓示の文書だと思う。


        昔 モノヌシ

   御言宣  受けて作りて

   阿波宮に 入れ置く 後の

   代々の文 まちまちなれば

   見ん人も あらかじめにて

   な謗りそ 百千試み

   遥かなる 奥の神道へ

   まさに入るべし


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by hansaki460 | 2018-08-28 10:59 | Comments(0)

揚子江(長江)文明は・・・

さて、どうしようかな??


揚子江(長江)文明は、日本列島から渡航した原日本人Y-D2と、現地の原住民Y-O1a・O2a・O2bらが立ち上げた。


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by hansaki460 | 2018-08-27 15:35 | Comments(0)

飛騨に伝わる独鈷石は、数千年の時空を超える法具

飛騨に伝わる独鈷石は、数千年の時空を超える法具である。

独鈷は修験道、陰陽道等で護身などのための呪文とともに使われる。

煩悩や魔障一切の悪魔を降伏退散させ、災難を除く呪力があるとされる修法で、そのひとつが九字である。

九字は流派によっての差異があるが、「臨・兵・闘・者・皆・陳・烈・在・前」を唱えながら、刀印を結んで九字を切るか、諸印契を結印しておこなう。
「臨」は、独鈷印(とこのいん)という。


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この場合、図のごとく独鈷は「法具」であり、特別な意味を持つ。

高位な修験者は、独鈷により異次元を開く。

また、空海の持つ「独鈷」は有名だが、その「阿字観」は「吾道観」であると、高位な修験者は言う。


しかし、考古学者に係ると、単なる道具になるらしい。

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by hansaki460 | 2018-08-26 08:31 | Comments(0)

飛鳥・明日香・アスカ

飛鳥・明日香・アスカ

反正天皇が、難波から大和の石上神宮に参向する途中で二泊し、その地を名付けるに、近い方を「近つ飛鳥」、遠い方を「遠つ飛鳥」と名付けたという。

「近つ飛鳥」は今の大阪府羽曳野市飛鳥

「遠つ飛鳥」は奈良県高市郡明日香村飛鳥

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「アスカ」とは「禊(みそぎ)」の意味らしく「アスカ・アスク・イスク・イスズ」などの語はいずれも「ミススギ」が語源で、伊勢神宮の五十鈴川も宮崎延岡と日向市の間の門川町の五十鈴川も大和の飛鳥川も「ミススギ川」だったという。

櫛玉火明命(クシタマホノアカリ)はイカルガ(斑鳩:生駒山)の宮から飛鳥の宮に遷り、その周地に飛鳥川を掘って禊する。 

by hansaki460 | 2018-08-25 18:01 | Comments(0)