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世界に誇るべき 『江戸しぐさ』
世界に誇るべき 『江戸しぐさ』
江戸時代の日本人について、外国人が観察した記録が残っている。 渡辺京二氏の「逝きし日の面影」によると、異口同音に 「こんな美しい愛すべき民族はいない」 と日本人を誉めている。 約束は守る、真面目、子供を可愛がる、友達思い、皆で助け合って仕事をしていると言うのです。 また、「こんにちは」、「おはよう」、「さよなら」と挨拶をする、それを小さな子守までが言うから、背中の赤ちゃんが真似して「よー」とか「ちわ」とか挨拶すると言う。 イギリスの詩人アーノルドは、日本人を評して、 「日本には礼節によって生活を楽しいものにするという普遍的な 社会契約が存在する。 その魅力的な態度、礼儀正しさは、謙譲ではあるが卑屈ではなく、精巧ではあるが飾ることもない」 と述べている。 このような江戸時代の日本人の身のこなし方は、「江戸しぐさ」と言われている。 1700年代の初め、江戸の人口は100万人を超え、武士も町人も全国各地から集まり、異なる習慣や方言が寄り合った。 そこに相手を尊重し、互い助け合う相互扶助の精神が根付いた。 それを具体的な身のこなしや言葉として示したのが 「江戸しぐさ」 だ。 江戸しぐさの生みの親は、町方のリーダーの町衆だ。 商人の中でも上に立つ人たちで、商売繁盛のために、お客様とのよい関係を築き、それを保つために知恵を絞り、工夫を重ねた人付き合いのノウハウがベースになっている。 そして商売繁盛の知恵から、一般的な生活の知恵になった。 基本は相手に対する思いやり、お互い様、惻隠の情です。 江戸しぐさには「お心肥やし」というキーワードがある。 心を豊かにし、学問を学び、人格を磨くことに努めるべきだとの戒めだ。 それを書物から学ぶだけではなく、手足を動かし、自分で体験して考える実践が大切だと教える。 江戸の子育てを表している言葉がある。 「三つ心、六つ躾、九つことば、十二文(ふみ)、理(ことわり)十五で末決まる」 「三つ子の魂百まで」がすでに理解されていた。 親は子供が3歳になるまで脳と身体と心をしっかり養育する。 6歳までには箸の使い方や日常生活のルール、良い悪いの判断、 9歳までには世辞や挨拶ができること、 12歳までには商売上の書類や書状を書けること、 15歳までには、世の道理がきちんと分かることと言うこと。 この年齢でその子の行く末を判別した。 子供の成長段階に応じた教育と言うよりも養育、鍛育だ。 15にもなって躾をしてもダメなのです。 寺子屋では、「読み書き算盤」とともに、他人の意見を否定せずに自分の考えを出し合う、今で言うブレーン・ストーミング、設定した役割を演じるロール・プレイングなどが行われていた。 また地域には、相互扶助の「講」があった。 講は地域の問題解決の場であると共に、人々の触れ合いの場で、子供達に江戸しぐさを、手取り足取りで教えることも非常に大切にされていた。 講が生活に組み込まれていたことは、講習会、講堂、講師、講座と言う言葉が今に残っていることからも推察される。 子供達は、親、寺子屋、地域(講)で教育されていたのだ。 江戸しぐさには、 「傘かしげ」は雨の日にお互いに傘を外側に傾けてすれ違うこと、 「肩ひき」は人とすれ違うとき肩を路肩に寄せること、 「時泥棒」は訪問時には相手の都合を聞き約束の時間を守ること、 「うかつあやまり」は例えば足を踏まれたとき 「すみません、こちらがうかつでした」と自分から謝ること、 「七三歩き」は道を歩くとき片側により、7割は他の人のために空けておくことなど。 これらは「往来しぐさ」と言われた。 江戸しぐさの本質は、「立派な人間」を目指すと言うことだった。 「指切りげんまん」「死んだらごめんよ」は、約束は口約束でも絶対に守ると言うこと。 「結界覚え」は「餅は餅屋」で専門家を立てよと言うことです。 「人のしぐさを見て決めよ」とは、相手をよく理解せよと言うこと。 「尊異論」とは、丁稚の意見でも違う意見は尊重せよと言うことだ。 江戸しぐさは、明治の文明開化でなおざりにされ、戦後は高度成長の折にないがしろにされた。 埼玉県教育委員会で、江戸しぐさのビデオを作成したことがあった。 それを観た中学生が感想文で、 「なぜ大人たちは、この美しいしぐさを教えてくれなかったのか」 と記した。 子供達自身は、立派な大人になりたいと求めているのです。 大人たちはそれに応えられないが、江戸しぐさや、教育勅語も、昔の修身教科書がある。 立派な大人への道を、先祖はすでに示しているのです。 日本の心を伝える会 メールマガジンより
by hansaki460
| 2010-12-21 09:28
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