信濃國 大御食ノ社に伝わる神代文字で書かれた「美しの杜社伝記」を解明してます。
by 史郎
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稲 ということばはいつ頃からあったのだろうか?

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# by hansaki460 | 2018-05-06 06:40 | やまと言葉 | Comments(0)

音曲と結界

宇野功芳という音楽評論家の著書に、「音楽には神も悪魔もいる」という本がある。もう半世紀も前のことだ。


美しい調べは心を和ませると同時に、邪悪な波動を消してくれる。だから古代から音曲を用いて結界を張り、神事を行ったのではあるまいか?


今 多くの演奏家らが、言霊を曲に乗せて奏でているが、素晴らしいことだと思う。


西洋の宗教曲なども素晴らしい。レクイエムやスターバト・マーテルなど、多くの巨匠が曲にしているが、どれも素晴らしく、文字どおり鎮魂曲だ。

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余談だが、私は 山崎ハコの唄を聴いていると、なにやらゾッとしておかしくなる。(^^


# by hansaki460 | 2018-04-02 14:07 | 一般 | Comments(0)

アヒル草文字で書かれた「大御食神社社伝記」01

アヒル草文字で書かれた「大御食神社社伝記」01

纏向の日代ノ宮に 天下 治ろしめし給ひし、大足彦忍代別ノ天皇[景行天皇]の御代、日本武尊 東の蝦夷ら征平和給ひて、美鈴刈る信濃ノ国を御還りましし給ひし時に、この赤須ノ里に至りましぬ。
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日本武尊がこの地に来た年は、大足彦忍代別ノ天皇の御代、とだけあり、年数は書いてない。明治十二年内務省達による神社明細帳には、「景行天皇四十一年、日本武尊東夷を征和して、帰路を信濃に取りて、赤須の里に至り、云々」とある。

日本書紀では、「日本書紀 卷第七 四十年夏六月東夷多叛辺境騒動・日本武尊出動 冬十月壬子朔癸丑 日本武尊発路之(冬十月二日、日本武尊は出発された)」とあり、また東征の途中に冬の記述がないことなどから到着時期は、「景行天皇四十一年」であろうと推定される。

尊は古来「ヤマトタケノミコト」と呼ばれていた。社伝記は、「ヤマトタケノミコト」と阿比留草文字で記している。

他の古伝(ホツマツタヱ など)でも、「ヤマトタケ」とある。「ヤマトタケノミコト」を「日本武尊」と宛字したものを、「ヤマトタケルノミコト」と読ませるようになったのは、江戸の国学者 伴信友が 著書『比古婆衣』の中で主張してからである。
# by hansaki460 | 2018-02-15 11:28 | 大御食神社社伝記 | Comments(0)