信濃國 大御食ノ社に伝わる神代文字で書かれた「美しの杜社伝記」を解明してます。
by 史郎
e0171497_18581696.jpg



e0171497_1725895.jpg

   発売中



 今日も 応援クリック
 ありがとうございます

   にほんブログ村 歴史ブログ 日本史へ
   にほんブログ村 





ブログパーツ
以前の記事
2017年 01月
2016年 10月
2016年 08月
more...
カテゴリ
全体
やまと言葉
庵住期 (70歳からの自活)
歴 史 秘 話
幻の吾道之宮
宇宙の摂理
神代文字
古代文字便覧 
和歌姫 吾道彦
大御食神社社伝記
竹内文献
地方史から見た覇権の姿
一般
未分類
最新のコメント
これが高学年の問題であれ..
by 通りすがり at 02:55
当方のブログに関しまして..
by hansaki460 at 07:23
三毛猫さんが書いているこ..
by moon33magic at 16:05
高良大社とは、朝鮮神社、..
by moon33magic at 11:25
同じ意見の方がいらっしゃ..
by のりあ at 20:58
人気ジャンル
外部リンク
記事ランキング
ブログジャンル


日本語の常識 『汚名挽回』は、間違っていない。

放射性物質拡散予報図はこちらです
http://taikiosen.blogspot.jp/
 


汚名挽回」と言う日本語は誤りであると、まことしやかに言われる。

しかし、『三省堂国語辞典』編集委員で、『辞書を編む』の著者、飯間浩明氏はこう言う。



「挽回」は「元に戻す」という意味があるので、「汚名挽回」は「汚名の状態を元に戻す」と考えられ、誤用ではない。

これは『三省堂国語辞典』第7版に記述しました。
『明鏡国語辞典』もやんわりとですが、誤用と決めつけられないことを記しています。

「汚名挽回」の汚名挽回なるか、といったところ。



この「汚名挽回」誤用説はいつ頃から発生したか。
私の知るかぎりでは、1976年の『死にかけた日本語』(英潮社)の指摘が早いです。

それまで「汚名挽回」は普通に使われていたのに、これ以降、誤用説が強まり、今は肩身の狭い立場になった。

この本はけっこう影響力があり、やっかいな存在です。




「名誉挽回」「汚名挽回」の両方があることは、「元気回復」「疲労回復」の場合と似ています。

ですから「疲労回復」は、「汚名挽回」を理解するためにちょうどいい例だと思います。

つまり、「挽回」も「回復」も意味は一意ではなく、前に付く言葉によって変わるという理論です。

汚名挽回の場合は汚名のない状態に戻す、名誉挽回は名誉のない状態ではなく名誉自体を取り戻す、疲労から回復する、元気な状態に回復する。


色々考えるのは面白い。


     ◇


もうひとつ。


あをによし 奈良の都は 咲く花の にほふがごとく 今盛りなり

という、ヤマト言葉の歌を、

青丹吉 寧楽乃京師者 咲花乃 薫如 今盛有

と、漢字(万葉仮名)で宛字した。

そして、【あをによし】を「青丹吉」と宛て字したものを、わざわざ意訳して、

『あをに、は緑青(ろくしょう)で顔料につかっていた。「よし」はその産地をほめた言葉。』

などと、トンチンカンなことを学者先生は宣う。(^^



しかし、「奈良」に掛る枕詞 『あをによし』は、 『あなにやし』の変態で、“ なんと麗しや ” という意味。

古伝のホツマでは3文に「わなにやし」の形で出てきます。
  
「あな(甚)」+「にやし(熟し)」。
  
「なら(奈良)」は「なる(熟る/成る)」の名詞形で、“熟成したさま” を意味します。

「熟成」は「によ・にや」と同義です。



日本語の基層は【ヤマト言葉】であり、漢字なんかではありません。
(^^






# by hansaki460 | 2014-05-02 11:09 | やまと言葉 | Comments(4)

継体天皇(ヲホド王)は 大臣(オトド)の君?

放射性物質拡散予報図はこちらです
http://taikiosen.blogspot.jp/
 


かなり話題になる天皇である。(^^

継体天皇(450-531?)は、日本の第26代天皇。諱は「ヲホド」という。

『日本書紀』では男大迹王(をほどのおおきみ)、『古事記』では袁本杼命(をほどのみこと)と記される。

隅田八幡神社(和歌山県橋本市)蔵の人物画像鏡銘に見える「孚弟王(男弟王?)」は継体天皇を指すとする説がある。


この諱、「ヲホド」を説明する説が今までにない。

まだ漢字が表意文字でしかなかった時代だから、やまと言葉を見ると、「オトド」という言葉が思いつく。

「男弟王」= オトド = 大臣の君 という。



『記紀』によると、先代の武烈天皇に後嗣がなかったため、越前(近江とも)から「応神天皇5世の孫」である継体が迎えられ、群臣の要請に従って即位したとされる。(Wikipedia)

この『群臣の要請に従って即位』とあることから、このことを持って大臣の君というのかもしれない。

すなわち、出自をいうのではなく、選出方法を形容したのかもしれない。



この仮説は、一部からバッシングを受けそうだが、やまと言葉から日本語になる経過の中で、十分検討に値するのではないだろうか?


          ◇


崇神天皇の時代、疫病が流行り、多くの人民が死に絶えた。

そこで疫病を鎮めるべく、それまで皇室の氏神として天皇以外の奉幣は禁止されていたが、天照大神と大和大国魂神を皇居の外に移した。

天照大御神は、それまで天皇と「同床共殿」であり、これが「古神道」であった。

天照大神と大和大国魂神を皇居の外に移したことは、新しい宗教の形に移行したということだった。

新しい宗教形態が名実共に完成するのが、天武天皇の時代である。
天武天皇の時代に斎宮が制度化され、天武の皇女である大伯皇女が初代とされる。

これが「神社神道」の完成だった。


          ◇


『記紀』によると、先代の武烈天皇に後嗣がなかったため、越前(近江とも)から「応神天皇5世の孫」である継体が迎えられ、群臣の要請に従って即位したとされる。

この特殊な即位事情を巡っては種々の議論や推測がある。
『記紀』の記述を尊重すれば、継体天皇を大王家の「5代前に遡る遠い傍系に連なる有力王族」とする説が正しい。

しかし戦後に、歴史とりわけ天皇に関する自由な研究が認められることになり、継体は従来の大王家とは血縁のない「新王朝の始祖」とする説などが提唱された。

このような事情から、継体天皇の出自が常に話題となる。


継体天皇から始まる系譜を「近江朝」と表現する。
崇神天皇からの時代を「崇神朝」という。

継体は「応神天皇5世の孫」であるとし、応神は崇神朝の天皇である。
だから、崇神-応神-継体は、「古神道」の改革を進めた後継者たちであり、神社神道を完成させたのが、近江朝最後の天皇、天武天皇だった。

そして、天武天皇は記紀を完成させ、何はともあれ万世一系の皇統を確立し、正史とした。


          ◇


「男弟王」= オトド = 大臣の君 という記述は、神代文字で書かれた古史古伝にあるが、記紀の完成後、各地に伝わる古史古伝は、勅(みことのり)によって、焚書されてしまった。


もしかしたら、焚書に会った古史古伝には、もっと意外なことが書かれていたのかもしれない。(^^



日本の言語学会は、漢字渡来以前に文字が存在しなかったとしているから、否定論に立つ学会の方針に逆らって研究する学者はいない。
また やまとことばの研究も進まない。

だから、上記の説はなかなか支持されない。(><;







# by hansaki460 | 2014-04-16 20:49 | 地方史から見た覇権の姿 | Comments(1)

「三種の神器」の話

放射性物質拡散予報図はこちらです
http://taikiosen.blogspot.jp/
 


三種の神器が神宮に勢ぞろいした。

今上天皇は昭和64年(1989)1月7日に宮殿松の間で「剣璽等承継の儀」にて、神器を継承した。
よって、翌1月8日から平成の世となった。

平成26年3月25日から28日、天皇、皇后両陛下が伊勢神宮を参拝された時に「剣璽ご動座(けんじごどうざ)」があった。

この瞬間、三種の神器が神宮に勢ぞろいした。

三種の神器(みくさのかむだから)とは、八咫鏡・八尺瓊勾玉・天叢雲剣(草薙剣)を指す。


     ◇


『古事記』では、天照大御神が天孫降臨の際に、瓊瓊杵尊に「八尺の勾玉(やさかのまがたま)、鏡、また草薙剣」を神代として授けたと記され、

『日本書紀』には、第一の一書に「天照大神、乃ち天津彦彦火瓊瓊杵尊に、八尺瓊の曲玉及び八咫鏡・草薙剣、三種の宝物を賜ふ」とある。


八尺瓊の曲玉 は、【璽】とも呼び、「日(陽)」を表す 八咫鏡 に対して「月(陰)」を表しているのではないかという説がある。
 皇居の勾玉は、古代のものが現存するとされる。
(源平の壇ノ浦の戦いで安徳天皇と共に入水水没した。曲玉はその際に箱ごと浮かび上がり、源氏に回収された)


八咫鏡 は、岩戸隠れの際、天照大神が岩戸を開けた時に使われた、石凝姥命が作ったという鏡で、のちに天照大神が瓊瓊杵尊に授けたといわれる。
 伊勢神宮の御神体とされるこの八咫鏡は 古来のものが現存するといわれる。


天叢雲剣 は、須佐之男命が出雲国で倒した 八岐大蛇の尾から出てきた太刀で、天叢雲と名付けられた。(書紀)
 熱田神宮に祀られる草薙剣は 古来のものが現存するとされる。


     ◇


さて、記紀以前の古伝書は『三種の神器』どう伝えているのか?



天照神の世に、各地で「ハタレ(人の道から外れたもの)」が蜂起したことがあった。
天照神はその征伐に請われて、山田郡に御幸した。

そしてついに手力男らが「ハタレのハルナ」を捕り縛り、天照神の前に額ずかせると、八英輦(ヤフサテグルマ)の帳(たれ)が静かに上がった。

この時、天照神は【八尺瓊勾玉】を身につけられ、瀬織津姫は【八呎鏡】を捧げ持ち、速秋津姫は【天叢雲剣】を携えていた。

皆 厳かに会釈されて御座にご着席になり、ハルナと対面した。

…とある。



それではそれぞれのもつ意味は何か?

【八尺瓊勾玉】には、次のような意味がある。
天照大神の統治原理を『調の押手=「調和と秩序をもたらす法」』といった。
この「ヲシテ」=押手(璽・証書)を【神璽】とし、やがてそてが【弥栄瓊の環珠(八尺瓊勾玉)】となった。

【八呎鏡】は、「マフツ(真経津)の八咫鏡」といい、【マフツの鏡】に「ハルナ」を映すと、ヌエアシモチ(穢霊)が映った。
いわば、「人の目には見えない内面の真実を映す鏡」「心を写す鏡」なのである。

【天叢雲剣】は、「八重垣(汚穢垣)の剣」である。
八重垣とは汚穢・仇を近寄らせないための、また民に罪を犯させないための幾重もの防御という意味であり、攻撃の為の剣ではなく防御・抑止の為の剣なのである。


すなわち三種の神器とは、天照大神の統治原理『調の押手=「調和と秩序をもたらす法」』を顕現するための神器なのである。


やがてこの三種の神器は、天照神から瓊瓊杵尊に三種宝が渡されたとき以来、儀礼的に八呎鏡は鏡臣に、八重垣の剣は剣臣に分けて渡されるようになった。

これは三権の分立 (現在のものとは異なる) を象徴し、独善を排して三権者の志を一つにさせるために、わざわざ分授するのである。
(三者の一致協力なしには何事も成就できないようにするため。)



またホツマツタヱにはこうもある。

天照神がこの世を去る時に、猿田彦に守るように命じた神宝は、
1,天地つ日月のサカホコキ。 
2,美しき鈴。
3,地生太刀。
(サルタはこの三神宝を八万年間 内宮で守り続け、ようやくやって来たヤマト姫に授けたと言う)


やがてこの三種の神器は、【神武】(橿原宮で即位の時)から、

1.しるしの御箱
  日の臣 (ミチヲミ) →神武→ 橿原の内宮(橿原宮) 

2.ヤタ鏡
  月の臣 (アタネ) →天種子命(神武の鏡臣)→蹈鞴五十鈴媛 →橿原の内宮

3.八重垣剣
  星の臣 (アメトミ) → 櫛御方命(神武の剣臣)→阿比良姫→橿原の内宮

  と、伝わった。



「本来、日本の国は神国である」という意味が、少しは垣間見えると思いますが、いかがでしょうか?






# by hansaki460 | 2014-04-05 11:17 | 歴 史 秘 話 | Comments(4)

ビットコインの陰謀(常温核融合・リンカーン、ケネディ暗殺)

放射性物質拡散予報図はこちらです
http://taikiosen.blogspot.jp/
 


3月19日の日経に、『国際熱核融合実験炉の建設が大幅に遅れることが確実になった』とあった。

重水素・3重水素(D-T)プラズマの制御された自己点火と長時間核融合燃焼を実証する実験炉である。
しかし、中には「発電用熱核融合炉の実現は難しい」という声が根強くある。

また 2月26日の日刊工業に、『米国立レーザー核融合研究施設が成功した、レーザー核融合の実験が反響を呼んでいる』との記事がある。
超高圧のレーザーを重水素と三重水素の燃料ペレットに照射、核融合反応を起こすというものだが、投入エネルギーに対し1%弱の出力をえたという。


一方、高温状態での核融合に対し、常温核融合という、室温で水素原子の核融合反応が起きるとされる現象があり、実験が成功しているという情報が多くある。

例えば、大阪大学名誉教授 荒田吉明氏らは、2008年、大阪大学で行った公開実験で、重水素ガスから高熱とヘリウム原子を検出し、低エネルギーの原子核反応を証明したという。

新聞報道によれば、レーザー熱等を使わずに、酸化ジルコニウム・パラジウム合金の 金属粒子に 重水素ガスを吹き込むことだけで、大気中の 10万倍のヘリウムと 30kJ の熱が検出されたものである(日経産業新聞)。(Wikipedia)


例えば、三菱重工の岩村康弘は、2001年に パラジウム、酸化カルシウムの 多層基板上に セシウムをつけて 重水素ガスを透過させ セシウムから プラセオジムへの 核変換が生じたと発表した。

また、ストロンチウムから モリブデンへの 核変換も報告された。
この実験の再現性は100%と言われ多くの追試がなされている。

     ◇

この、常温核融合には 二つの意味がある。

(1) エネルギーを取り出すこと。
(2) 核変換により貴金属が製造されること。

この二つは、日本人の手によっ既に成功している。(^^

ではなぜ実用化されていないのか?というと、(2)の『核変換により貴金属が製造される』ことにある。


1865年、米 リンカーン大統領は暗殺されたが、後に大統領の暗殺は国際的銀行組織の謀略であった とする申し立てが、カナダ議会にあった。

大統領の暗殺は、【グリーンバック = 政府発行紙幣】を 合衆国の 永続的な通貨発行システム としたリンカーンを、国際的銀行組織が、『アメリカの通貨を 自分たちがコントロールしている【金】を基本としたものにするためであった』というものであった。


また1963年、ケネディ大統領は、大統領令によって【政府紙幣】を復活させたが、その約半年後に暗殺された。

すなわち、各国の中央銀行を通じて【金】を背景に世界の通貨を支配している【国際的銀行組織】が、世界の通貨を操る邪魔者を消したのだ。


日本では、政府紙幣発行の議論すらタブーで 出来ない現実がある!


しかし前記の(2)核変換により貴金属が製造された事実を持って、金を独占する意味が無くなる可能性が出てきた。


そこで彼らは対策を立てた・・・・。

常温核融合の実用化を邪魔し遅らせ、その間に【金】を背景としない金融システムを作ることなのだ。

事実 常温核融合は、実験が成功しているにもかかわらず、実用化プラントへの道は閉ざされている。



国家に関係のない、得体の知れない【ビットコイン】は、あれだけのハッカー被害を受けたのにもかかわらず、世界の市場では着々と実験が続けられている。

やがて【金】を裏付けにしない金融システムが、しかし一部の人間だけが支配する金融システムが出来あがるに違いない。




【補足】

我国では既に錬金術の特許が登録されている。
特許名は「常温核融合用電極並びにその核変換による放射性、非放射性元素及び貴金属の製造方法」
特許公開日は「1997年7月31日」
公開番号は「特開平9-197077」、

発明者は天才物理学者、「能登谷玲子」氏。


これによれば、「常温核融合用電極並びにその電極の核変換」により貴金属を製造することが可能で、実際にこの発明によって「197Auが生成された」と記されている。

「197Au」は金のことだら、文字どおり錬金術の特許で、この技術を使えば金を創り出せる。


世界は広く、不可解!






# by hansaki460 | 2014-03-20 09:19 | 一般 | Comments(0)

信濃桜の話

放射性物質拡散予報図はこちらです
http://taikiosen.blogspot.jp/
 


早咲きとして知られる静岡県河津町の「河津桜」が見頃を迎え、大勢の観光客でにぎわっているという。
e0171497_20503034.jpg
   今年の河津桜(産経より)


伊那谷も桜の谷だ。

とりわけ飯田の町では枝垂桜の古木も多く、いろいろな種類の桜を長く楽しむことができる。

上伊那では高遠城跡公園の小彼岸桜はあまりにも有名。

日本民俗学の祖ともいわれる柳田国男はしばしば信州松本地方を訪れた。

『信濃桜の話』という作品のなかで、この地方に枝垂桜が多いことを指摘するとともに、古い文献にある「信濃桜」という言葉に注目している。

  信濃桜の話 柳田國男 青空文庫

もとは彼地にしか無かつたものといふまでの精確なる意味ではなしに、寧ろその方角から持込んで来たものも、中には有るといふまでゝあつたかも知れない。
しかし少なくとも信濃桜は、やゝ尋常山野のものと異なつた特色をもつて居る。


・・・とあり、また江戸期末期の「思ひのまゝの記」といふ随筆に、

近衛殿庭前の糸桜は有名の樹なり。その枝垂れて地に付く。
官地となりしより培養無ければ中央まで枯れたり、惜むべし。
往古の近衛殿の糸桜といひしは、寺ノ内の南、御霊図子の別邸の糸桜のこと也。
家記に信濃桜数樹を植ゑられし由見えたり。


 信濃桜とは、「糸桜」=枝垂れ桜であるようだ。

塩尻市洗馬の桜は大きく枝を垂らして風に揺れる。

この桜を柳田国男は目にしたものかもしれないし、飯田の古木を見たのかもしれない。


だが、現在「信濃桜」なる品種を知らない。(^^;

ただ「信濃寒桜」という盆栽種があり、人気がある。
・・・が、枝垂れ桜ではない。

今年の桜が待ち遠しい。






# by hansaki460 | 2014-03-08 20:49 | 一般 | Comments(0)