信濃國 大御食ノ社に伝わる神代文字で書かれた「美しの杜社伝記」を解明してます。
by 史郎
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天地創造

★旧約聖書の 天地創造の話と、『ホツマツタエ』の天地開闢の話が、ほとんど同じだと云う話です。★

竹内文献には、現代の素粒子理論などに類似した天地開闢の話は、先日書きました。
では、旧約聖書とホツマツタエを見てみましょう。


[ 旧約聖書 ]

 初めに、神は天地を創造された。
 地は混沌であって闇が深淵の面にあり、
 神の霊が水の面を動いていた。
 神は言われた。「光あれ。」こうして、光があった。
 神は光を見て、良しとされた。神は光と闇を分け、
 光を昼と呼び、闇を夜と呼ば れた。夕べがあり、朝があった。
 第一の日である。
 ・・・以下略

【 要約 】
 1日目 暗闇がある中、神は光を作り、昼と夜が出来た。
 2日目 神は空(天)をつくった。
 3日目 神は大地を作り、海が生まれ、地に植物をはえさせた。
 4日目 神は太陽と月と星をつくった。
 5日目 神は魚と鳥をつくった。
 6日目 神は獣と家畜をつくり、神に似せた人をつくった。
 7日目 神は休んだ。


[ ホツマツタエ ]

【 要約 】
 0 アメノミヲヤ(大宇宙の根源の意識)の
  「生の一意気(意志・念い)」は 天元神を生む。

 ① 天元神のエネルギーは陽(昼)と陰(夜)に分離し、
  【 陰陽 】
 ② さらに陽は空・風・火、陰は水・埴に分れる。
  【 五行 】
 ③ 水・埴は地球をつくる。
 ④ 陽の核は日となり、陰の核は月となる。
 ⑤ 天元神は歳徳タマメを生み、タマメをして
  「キ・ツ・ヲ・サ・ネ」の五座の神を生む。
 ⑥ 空・風・火・水・埴の5つが交わって、
   地球に初めて人 (ミナカヌシ) が生まれる。
   ホツマの天元神は、七日目にも休まなかった。(^^
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いかがでしょうか? ソックリではありませんか?
 
そのあとホツマツタエはこう続く・・・・・
⑦ ミナカヌシは地球の八方に万子を生むが、天元神もミナカヌシの子として地上に肉体を持ち、『ト・ホ・カ・ミ・ヱ・ヒ・タ・メ』の八国 を創る。
⑧ 『ヱの尊』と『トの尊』は日本に生まれ、はじめ『ヱの尊』がヲウミの中央政府を治め、『トの尊』はトシタ国 (ホツマ) を治める。 
以後『ヱの尊』と『トの尊』の尊は交代で世を継ぐ。
⑨ 天に帰って、ミナカヌシと天元神は星とされる。 【 九星 】
⑩ 天元神は人の魂の緒を下し、それで魂と魄と結び合せて、世における人の寿命を得さしめる (天つ政)。

ホツマツタヱでは、アマテルの功績により日本は長く平和になります。
そして、アマテルの孫のニニキネ(日本書紀の瓊瓊杵尊に相当)は、最初は関東にいたのですが、新田を開発するため九州に移住したという筋書きになっています。
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# by hansaki460 | 2015-10-17 06:46 | Comments(0)

道を求めた中国人と、初めから道があった日本

Wikipediaから引用すれば、【 道(Tao)】とは、人や物が通るべきところであり、宇宙自然の普遍的法則や根元的実在、道徳的な規範、美や真実の根元などを広く意味する言葉である、と云う。

老子は、老子道徳経でタオ(道)を説いた
道とは、名付けることのできない(仮に名付けている)ものであり、天地一切を包含する宇宙自然、万物の終始に関わる道を「天道」といい、人間世界に関わる道を「人道」というと、説明した。

孔子は天道を継承し、詩経、書経で人道についても語り、天地人の道を追究した

その他四書の『中庸』では、「天之道」「人之道」が「誠」であると云う。

また【菜根譚】では、「道を守って生きれば孤立する。だが、めざめた人は、現世の栄達に迷わされず、はるかな理想に生きるのだ」とし、道を守る事が肝心と説いた。


しかし、大陸で道を説く偉人が多くいたことに関して、国学者の本居宣長は『古事記』を解釈する過程で次のように指摘する。

中国の史実を述べた上で、「道」にそむいた事を口実に国を滅ぼし、新たに国を創り、今度はその国に忠誠を誓わせる為にまた「道」を利用し、周囲を巻き込み、多大な犠牲を生みながら、これを繰り返していると儒学批判を展開している。

一方で、日本の道は万世一系に基づいているとする。
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本居宣長は言う。

中国には古来、国を奪った者が帝王であり、奪われた者が賊である。国を奪い取って、国を良く治めた人を「聖人」といい、その聖人が定めたところを「道」といっている。
だから儒学で「道」とは、「人の国を奪う為のもの」「人に国を奪われないようにする用意」の2つを指す、とする。

それに対し、日本の「道」は違う。
中国では、仁義礼譲孝悌忠信などと作り、人々に 計(たばかり)を厳しく教えようとするが、日本にはそのような教えは無いにもかかわらず、良く治まってきた。
それが日本なのだ(古事記伝)。…という、

加えて、中国では「道」にそむいた事を口実に国を滅ぼし、新たに国を創り、今度はその国に忠誠を誓わせる為にまた「道」を利用し、周囲を巻き込み、多大な犠牲を生みながら、これを繰り返していると、儒学を批判する。

ところが日本の道は、万世一系に基づいているとする。

    ◇

これらのことは、日本の開闢史が、竹内文献、ホツマツタヱ等に書かれているように、天地創造から始まるのに対して、中国の始まりは、「初めに盤古が生まれた」という『盤古神話』であり、それは呉の時代(3世紀)に成立した神話集『三五歴記』による。

中国の歴史は、まるで新しく、だから、道を求めていたのだ。
日本のスメラミコトは、天地創造主の後裔であり、初めから道を示していたと、日本の古伝は伝えているのだ。
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# by hansaki460 | 2015-09-26 07:21 | Comments(0)

あひる草文字の印影を作ってみました。

日本には、何種類もの古代文字がありました。

その中で、甲骨文字の起源という説がある『あひる草文字』と呼ばれる文字があります。

江戸時代、あひる草文字の蔵書印を、賀茂真淵,常世長胤らが持っていました。

そこで 私も作ってみました。

ご笑覧ください。(^^
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# by hansaki460 | 2015-08-02 10:12 | 神代文字 | Comments(2)

神功皇后、仲哀天皇、実在の証明書

一ヶ月ほど前、日本経済新聞に
神功皇后は実在した? 九州に数多く残る伝承地
http://www.nikkei.com/article/DGXMZO86406480S5A500..
という記事がありました。

神功皇后と仲哀天皇が実在しなかった、という説に対する神社伝承からの反論です。

〔Wikipediaからの参考〕
神功皇后を天皇(皇后の臨朝)とみなして15代の帝と数えられていた。
現在では実在説と非実在説が並存している。

仲哀天皇:足仲彦天皇(たらしなかつひこのすめらみこと)
仲哀天皇の実在性には疑問が出されている(仲哀天皇架空説)。

     ◇

伊勢神宮には、約1450年前の物部大連尾輿自身の奉納文や、藤原の鎌足・藤原の不比等・源頼朝・源義経等、99葉の本人による奉納文が、日本古来の文字で奉納されています。

そしてその「伊勢神宮奉納文神代文字保存委員会」があり、私も会員になっていますが、先日作家で会長の大下伸悦先生が

「神代文字文書には「西暦112年から840年間の歴史」が刻まれていた。」
http://kotodama-club.seesaa.net/article/421095646...

と書かれたので、早速私のHPとブログを紹介したところ、今朝、

「大御食(おおみけ)神社ご神字….神社の古史社伝」
http://kotodama-club.seesaa.net/article/421361753...

とのブログがありました。

大下先生は、

『驚きましたね。
 日本の伝統文字によって正式な神社の社史がつづられ、いまに残されていること・・・。
 そして赤裸々につづられているこの国の歴史です。
 例えば、「おきながたらしヒメ(神功皇后)」の治世の御代がおありであったことがこの社史で確認できることにも興奮を覚えます。』

と書かれていますが、私ははずかしながら神功皇后の御代の記述が、大下先生をして

『私は今生ではもう出合えるはずのない宝物に出合ってしまった。』
『よもや本物の日本とつながれるとは…、思ってもいない出来事でした。
 衝撃が強すぎてこれ以上は言葉が続きません。』
『いやはや、生きていてよかったという思いです。』

とまで言わしめる程の記録とは、思いもよらなかったのでした。

ただ、『古代文字便覧』を発表してからというもの、ネット上での無責任な古代神代文字は偽物という書き込みはほとんどなくなった実感はりましたが…。

     ◇

落合直澄の 翻刻した社伝記には以下の記述があります。

「息長帯日子(おきながたらしひこ)〔仲哀天皇〕 ノ御代四年の秋葉月(あきはつき)、御蔭の杉枯れにき。
然れども 御蔭杉(みかけすき)の中つ枝に 大空(おほうつろ) あり。
杉の実 生いて、巡りて一抱き余り成る有り。
よりて 同じ天皇の五年の春 弥生、植え継ぎの御業、またその御杉もて、御殿(みあらか)を御建て、御渡ノ神幣(ぬさ)奉り、厳(いかし)楯矛 御旗、厳しく清すがしく、日本武尊の御霊を御渡り奉れり。」
http://homepage3.nifty.com/utukusinomori/newpage7...
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注)
あひる草文字の〔こ〕という文字は、〔め〕と似ており、書き写し時のリスクなどを考慮すると、「おきながたらしひこ(仲哀天皇)」とあるのは、「おきながたらしヒメ(神功皇后)」であるかもしれません。

     ◇

というわけで、解説が長くなりましたが、「神功皇后、仲哀天皇は実在の証明」の一助とさせていただきます。

私は戦後の、九州朝に関わると思われる人物らが、日本武尊も含め実在を疑うがごとき一部の学者の見解を憂いております。(^^
.
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# by hansaki460 | 2015-06-28 08:36 | 神代文字 | Comments(0)

ム-の記憶・日本語・ハプログループD (Y染色体) そして日本人

1)日本語について

日本語の系統については大きく分けて二つの考え方がある。
ひとつは北方起源説であり、もうひとつは南島起源説である。

戦前は日本語アルタイ系説(北方起源説)が主流であった。(新村出、金田一京助)
また国語学者橋本進吉は、アルタイ系言語の母音調和が、奈良時代の日本語にもあると指摘し、日本語アルタイ系説を裏づけた。

戦後は南島起源説が多い。(泉井久之助、村山七郎、崎山理など)
朝鮮語と日本語は 共通の語彙が少ないのにたいして、オーストロネシア系(南島系)のことばのなかには日本語と似た単語が多いという。

また、安本美典はビルマ語、カンボジア 系、インドネシア系の語彙との関係を指摘し、西田竜雄はチベット・ビルマ語と日本語の語彙の類似を指摘している。

近年大野晋は、インド南部やスルランカの一部で話されている「タミル語」と日本語の類似を指摘している。【注①】
すなわち、「アジア西部に「原日本語(「ドラビダ語」というべき)」中心があり、一つは東進して日本に、南進したものはインド大陸に進み入ってそこに広まった」という仮説を立て、主張している。

安田徳太郎は、ヒマラヤの谷底にすむレプチャ人の「レプチャ語」で、万葉時代の日本語が解読できるとした。【注②】
専門家からは総スカンを食らったが、後に記す理由でとても興味深い。


2)さてそこで、日本人とは?ということだけれども…

ミトコンドリアDNAの分析では、地球上のヒトの祖先はアフリカで誕生し、その後世界中に伝播していったとするアフリカ単一起源説が主流を占めている。

それは、現代人の共通祖先の分岐年代は14万3千年前頃であり、ヨーロッパ人とアジア人の共通祖先の分岐年代は、7万年前頃であると推定された。

そして、アジアにおけるY染色体の系統地理学は、アフリカ起源の現生人類が最初、東南アジアの大陸部に定住し、それから約2万5千~3万年前には北方へ移動し、東アジア全域に広がっていったとこれまで示していた。


※ しかしこのようなシナリオでは、東アジアに特有の「D系統ーマーカーM174」【注③】が、チベットと日本列島およびアンダマン諸島にだけ、高頻度で分布することを説明出来ないので、最近の研究では次のように提唱する。

『東アジアにおけるD系統の分布、南方に起源があり、北方への拡散は約6万年前から最終氷期最寒期と新石器時代に起きた可能性が強い。
そして、チベット人の集団と日本人の集団は、主要な東アジアに特有のY染色体系統「Oハプログループ」と「Dハプログループ」をもつ、二つの古代の集団が混交したものである。』


3)日本語
ここで注目すべきことは、日本語の系統で簡単に述べた通り、【注①】の「タミル語」が存在する場所と、【注②】の「レプチャ語」が存在する場所が、【注③】の「D系統ーマーカーM174」が存在する場所と一致するという事実だ。

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4)そこで「ム-の記憶」だが、このように仮説する。

ム-大陸の人たち(洋族)は、天地変動の結果周辺部に拡散移住した。
その時日本列島へは、主流が大勢移住した。

一部の人たちは大陸へ移住し、その後相離れたチベットおよびアンダマン諸島にのみ色濃く残った。

これは柳田国男の「方言周圏論」の原則に一致し、日本語と似たと思われる言葉(レプチャ語・タミル語)は、相離れたチベットおよびアンダマン諸島(→タミル・ナードゥ州)に「古語」が残った。

日本人集団特有の「D系統ーマーカーM174」が存在する場所もまた、おなじ現象で残り、言語の現象と一致した。
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# by hansaki460 | 2015-05-28 10:06 | 一般 | Comments(1)