信濃國 大御食ノ社に伝わる神代文字で書かれた「美しの杜社伝記」を解明してます。
by 史郎
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阿智彦(思兼尊)の足跡を訪ねて[2]”阿智彦と歌姫の仲人・住吉神の別荘?・御坂神社”

阿智彦(思兼尊)の足跡を訪ねて[2]
御坂神社は阿智彦と歌姫の仲人・住吉神の別荘?


先日は、二月だというのに 信州でも20度近くになりました。
そこで急に思い立ち、阿智村の 『御坂神社』 に行ってきました。

神坂神社は 住吉社とも言い、阿智村の智里(園原、本谷)にあります。

祭神は、住吉明神[表筒男命(うわつつをのみこと)・中筒男命(なかつつをのみこと)・底筒男命(そこつつをのみこと)]です。

私のHP にありますが、ホツマツタエに、カナサキ(住吉神)は阿智彦と歌姫の仲人をしたことが 書かれています。

信州の山奥に 何故 住吉社があるのか? 誰も説明できずに いましたが、どうも 思兼尊の仲人の関係だったから のようです。

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旧東山道ですから、本当に山奥です。

近くには、『源氏物語』にも詠まれた「帚木(ははきぎ)」があった場所があります。

光源氏が空蝉に「帚木の 心を知らで園原の 道にあやなく 惑ひぬるかな」と思いを寄せ、空蝉は わが身をいやしんで「数ならぬ 伏屋に生ふる 名のうさに あるにもあらず 消ゆる帚木」と返歌しました。



また、すぐ下側に『今昔物語』にある、「受領は倒るるところに土をつかめ」という信濃守陳忠の話の碑がありました。

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 藤原陳忠が任期を終えて都へ帰る途中、峠の険しさに馬もろとも 谷に転落してしまいます。 谷底から助けを求める声に、家来たちは 篭に縄を結び付けて下ろし、引き上げると、篭には平茸が山ほど入っていました。 また下ろすと 今度は陳忠が 平茸三房を手にして、「まだまだあったのに」と 不満顔で上がってきたのでした。

当時の支配者、藤原一族の受領等の強欲さを表しています。

この話から、藤原一族が 比叡のお寺,仲仙寺・光前寺・瑠璃寺と、同じく比叡の 山王権現によって、伊那谷のすべてを支配した構造が 読み取れます。

この項は 別途設けますが、日本の歴史にとっても、非常に大きな出来事だと 思います。

帰りの途中、 『阿智神社』 もありますが、別の機会にまた・・・・。


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# by hansaki460 | 2009-02-17 16:50 | Comments(0)

古代文字の真実[3]”実際に見てみよう”

古代文字の真実[3]”実際に見てみよう”

写しです。

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法隆寺秘蔵のものです。



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鶴岡八幡宮のものです。


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# by hansaki460 | 2009-02-17 00:56 | 神代文字 | Comments(0)

古代文字の真実[2]”実際に見てみよう”

古代文字の真実[2]”実際に見てみよう”

古代文字”あひる草文字”で記された”ひふみ歌”を紹介します。

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出雲大社に伝わるものです。

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九州 弊立神社のものです。
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# by hansaki460 | 2009-02-17 00:43 | 神代文字 | Comments(0)

古代文字の真実[1]”ひふみ歌を読む”

古代文字の真実[1]”ひふみ歌を読む”

日文(ひふみ)唄の意味を知ろう

ひふみよ いむなや こともちろ
一二三四 五六七八 九十百千万


らね しき るゆゐ
蘭根 敷き 縷結い


つわぬ そを た はくめ
強 ぬ  襲を 多  育 め


かうお えにさり
交う悪 穢に去り


へての ますあせ
辺天の  枡 畦


ゑ ほれ け
ゑ 掘れ け


いかがですか? 目から鱗が落ちましたか?

いろんなことが読み取れますが、それはまたの機会に!
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# by hansaki460 | 2009-02-17 00:33 | 神代文字 | Comments(1)

吾道彦物語[5]”天八意思兼尊の時代 と大御食神社”

吾道彦物語[5]
”天八意思兼尊の時代 と大御食神社”


紀元前9世紀頃、吾道彦たちが活躍した南九州王朝”高千穂国”は、本当に存在した。

そう確信しております。

信州信濃、伊那の谷に《大御食神社》がありますが、そこに伝わる神代文字で書かれた社伝記『美社神字録』は、その証明に他ならないと確信しております。

赤須彦の祖先は、高千穂国で活躍した吾道彦・天八意思兼尊であり、尊こそ神代文字の創造者と伝わって居るではありませんか。

今は無き阿智村の阿智家を経て、その別裔の『大御食神社の神官家』に、神代文字の社伝記『美社神字録』が伝わっていることは、至極自然であり、当然であると考えられます。

阿智家は覇権移動の犠牲者で、戸隠に移封させられ、覇者等に意図的に消されたのだと思います。

伊那谷では、御子柴遺跡の旧石器時代,縄文の時代,阿智彦の時代,古墳の時代,馬の時代,天武の時代を経て、ようやく藤原の時代の頃からの文化,風俗が、民俗として現代に残っております。

なぜ藤原以降、1200~1300年前の事柄が、現代に残っているかというと、封建時代が藤原の時代から始まっているからですね。 

近代制(国家)は、封建制(国家)の改良にほかなりません。

歴史が連続している地域(国)で、その歴史の始まりは、封建制があった時期からですから。

ということは、封建時代が始まった大宝律令以前の文化・風俗は、伝統として残っていないと云うことにほかなりません。 遺跡等でしか残らず、連続性がないと云うことですね。



『聖徳太子,蘇我馬子,天武天皇と続く大和朝の創作者たちは、南九州・高千穂朝を神話の世界に閉じ込め、神代文字の古史古伝書を焚書して、古事記,日本書紀でもって自らを正統と創作した。』

そう仮説をたててから、あらゆる事柄がすっきりして来ました。

この仮説は、確信に変わっております。 



『大御食神社』の関係者は、自信を持って神代文字の社伝記『美社神字録』を発信しほしいと思います。

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# by hansaki460 | 2009-02-16 22:47 | Comments(0)