信濃國 大御食ノ社に伝わる神代文字で書かれた「美しの杜社伝記」を解明してます。
by 史郎
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吾道之宮


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古代文字の真実[5]”古代文字は皇国史観の産物?”

古代文字の真実[5]
”古代文字は皇国史観の産物?”


以前、大御食神社のある駒ヶ根市の、市史編纂室を訪ねたことがあった。
大御食神社の社伝記”美社神字録”に言及したとき、K氏が言った言葉が忘れられない。

「神代文字は、皇国史観の産物であり、信用できない。」と。

この言葉に代表されるのが、庶民の感覚でしょうか? 

では、皇国史観と古代文字の関係は?

皇国史観とは、
皇国史観(こうこくしかん)は、日本国と日本人は歴代天皇を中心とした国造りが行われ、現代までに到る伝承と歴史が紡がれ継承されて来たとする歴史観。『ウィキペディア(Wikipedia)』
とあります。

しかし、古代文字を否定し、古代文字で書かれた古史古伝書を焚書してきたのは、覇権を持った体制側であった事実を、どう説明のするだろうか!

大陸の史書、旧唐書「日本」の項には、
日本国は倭国の別種なり。・・・・・日本は旧(もと)小国、倭の地を併せたりと。

それに、新唐書には、日本について
・・・・文字あり。・・・・その王、名は阿毎氏。自ら言う、はじめの主を天御中主と号す。彦瀲(ひこなぎさ)に至るまで凡そ三十二世、皆、尊をもって号となし筑紫の城に居す。彦瀲の子・神武たち、更に天皇をもって号となし、わたりて大和州を治す。・・・・・

大陸は、列島の覇権を上記のように見ていたのだ。

日本の古代文字で書かれた古史古伝書には、両唐書に書かれていた裏付けとなる史実が記されていたのです。

皇国史観に反するが故に、古代文字は焚書に遭ったのだ!
古代文字で書かれた古史古伝書は、史実を伝えている!


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青木繁『日本武尊』
倭武尊は、九州朝系の人物。(私は、あえて倭と記します。)

今日の結論。
古代文字は、皇国史観に反する事柄である。


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# by hansaki460 | 2009-02-20 18:33 | 神代文字 | Comments(0)

伊那谷の覇権の推移[2] ”検討課題”

伊那谷の覇権の推移[2] ”検討課題”

大和朝廷の中で、伊那谷に大きな影響を及ぼした人物 といえば、天武天皇(大海人皇子)は その中の 筆頭では ないだろうか?

天武の時代に、阿智宮と善光寺が 伊那谷から 北信へ行ったが、当時 どんな要素が 生じたのであろうか?


天武天皇(大海人皇子)は 天皇号の創始者であり、天皇の 宗教的権威を 高めた人物で、伊勢神宮(天照大神)の祭祀を重視し、また広瀬・竜田祭を 国家事業として行った。
そして、斎宮を制度化したのも天武天皇である。

さて、それより 数百年前、崇神天皇は 宮疫病を鎮めるべく、従来 宮中に祀られていた その天照大神を、倭大国魂神と併せて 皇居の外に移し、豊鍬入姫命に託し、笠縫邑(かさぬいむら)に 祀らせた。 これが斎王(斎宮)の始まりとされる。
笠縫邑とは、崇神天皇が 宮中に奉祀していた 天照大神を 移し、豊鍬入姫命に託して 祀らせた場所で、比定地については、檜原神社、多神社、笠山荒神社、多神社摂社の姫皇子神社、飛鳥坐神社、等々がある。

これらを見るに、天照大神を通して、神武天皇,崇神天皇,天武天皇に 伊那谷に共通する事柄が 浮かび上がる。

まず初めには、天照大神の義弟・吾道彦(天八意思兼命)が、信濃(阿智宮)に入っている。

次に、神武天皇の子・神八井耳命は 古事記編者・太安万侶の祖先であり、多氏一族の始祖であるが、多氏は 科野國造でもある。
そして崇神天皇が笠縫邑で 天照大神を祀ったという場所は また、多家所縁の地であり、現在 多神社がある。

天武天皇は、信濃に行宮を計画した。
そして、善光寺、戸隠神社、諏訪大社に大きな影響を与えたと思われる。

そして何より、三人の天皇は、天皇家草創の節目節目で、重要な地位を占めている。


天照大神と吾道彦(天八意思兼尊) : 神武天皇と神八井耳命 が、また 崇神天皇 : 天武天皇が オーバーラップするのは、私だけだろうか? 


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# by hansaki460 | 2009-02-20 11:50 | 地方史から見た覇権の姿 | Comments(0)

”美社神字録”の秘密を解く[1] ”柿本朝臣人麻のが詠んだ思兼尊”

美社神字録”の秘密を解く[1]
”柿本朝臣人麻のが詠んだ思兼尊”


万葉集の中に、このHPの主人公の天八意思兼尊に関わりがあると思われる、興味深い歌があります。それは、

柿本朝臣人麻、筑紫の国に下りし時、海路にて作りし歌

大王(おおきみ)の 遠の朝廷(みかど)と 蟻通(ありかよ)う 
  嶋門(しまど)を見れば 神代(かみよ)し 念(おも)ほゆ
 (巻3-304)

『細い水路を、蟻が通り抜けるように、大宰府の朝廷に向かうとき、門のように並んだ島を見ると、神代の時代がしのばれる』

遠の朝廷 とは、大宰府のこと。 
嶋門 は、博多湾の入口にある志賀島や能古島のこと。
蟻通 とは、蟻の通う様な 細い水路の意 だが、知恵の神様・思兼尊(阿智彦)をかけているのかもしれない。
(この蟻通しは、2月17日:阿智彦(思兼尊)の足跡を訪ねて[1]”阿智彦と歌姫の紀伊の新居?”『蟻通神社』 参照)

この歌から、二つのことが読み取れます。

1,九州の筑紫に朝廷が有った。
2,その朝廷は、思兼尊(阿智彦)にも縁のある朝廷だった。


いままでの歴史認識とは、ずいぶん違うのではないですか? いかがでしょうか?

万葉集のこの歌は、駒ヶ根市にある『大御食神社』の古代文字で書かれた社伝記”美社神字録”の秘密をとく鍵の ひとつです。

鍵を一つ一つ開けていきます。

(このペ-ジは、壊れた旧ブログの再掲載です。)
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# by hansaki460 | 2009-02-19 09:39 | 神代文字 | Comments(0)

古代文字の真実[4]”倭武尊はどう読むのか?”

古代文字の真実[4]
”倭武尊はどう読むのか?”


倭武尊 を 『 やまとたける 』 と 読み出したのは、江戸末期から。

やまとたけ 』 が 正しい。

社伝記には、『 やまとたけ 』 とある。

『 天皇 』 も 『 てむのう 』 と書かれている。


だから、稲荷山古墳の 鉄剣の 読み方も 間違っている。

『 ワカタケル 』 は ありえない。

『 ワカタケ 』 に 違いない。


              

<追加しました。>
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古代文字の読み方は、こちらを参照して下さい!←

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# by hansaki460 | 2009-02-18 16:18 | 神代文字 | Comments(0)

伊那谷の覇権の推移[1] ”はじめに:雑感”

伊那谷の覇権の推移[1] ”はじめに:雑感”

"古代の伊那谷の出来事”で、注目し分析すべきと思われる事柄

 天照大神・阿智彦の時代      紀元前 7~8世紀か?

 徐福列島に来る           紀元前 3世紀頃    倭の成立に影響?

 日本海~越~北信 高句麗人の渡来    2世紀      駒ヶ岳の命名?

 赤須彦の時代 ・・             3~4世紀か?  九州倭国の影響

 高句麗・新羅を征服した騎馬民族渡来   4世紀     東日本文化醸成される

 古墳の時代 鏡・馬具             5世紀~    壬申の乱への影響

 8つの伊那谷古墳群(前方後円墳)     6世紀~    地方豪族の体制化   

 阿智家・善光寺  →  戸隠・北信へ             天武の信濃行宮の影響

 藤原氏支配の時代                         比叡勢力を使った伊那谷の席捲


まだ、いろいろな要素があるかとは思うが、検討・分析していきたいと思います。

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# by hansaki460 | 2009-02-18 10:44 | 地方史から見た覇権の姿 | Comments(0)