信濃國 大御食ノ社に伝わる神代文字で書かれた「美しの杜社伝記」を解明してます。
by 史郎
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”美社神字録”の秘密を解く[1] ”柿本朝臣人麻のが詠んだ思兼尊”

美社神字録”の秘密を解く[1]
”柿本朝臣人麻のが詠んだ思兼尊”


万葉集の中に、このHPの主人公の天八意思兼尊に関わりがあると思われる、興味深い歌があります。それは、

柿本朝臣人麻、筑紫の国に下りし時、海路にて作りし歌

大王(おおきみ)の 遠の朝廷(みかど)と 蟻通(ありかよ)う 
  嶋門(しまど)を見れば 神代(かみよ)し 念(おも)ほゆ
 (巻3-304)

『細い水路を、蟻が通り抜けるように、大宰府の朝廷に向かうとき、門のように並んだ島を見ると、神代の時代がしのばれる』

遠の朝廷 とは、大宰府のこと。 
嶋門 は、博多湾の入口にある志賀島や能古島のこと。
蟻通 とは、蟻の通う様な 細い水路の意 だが、知恵の神様・思兼尊(阿智彦)をかけているのかもしれない。
(この蟻通しは、2月17日:阿智彦(思兼尊)の足跡を訪ねて[1]”阿智彦と歌姫の紀伊の新居?”『蟻通神社』 参照)

この歌から、二つのことが読み取れます。

1,九州の筑紫に朝廷が有った。
2,その朝廷は、思兼尊(阿智彦)にも縁のある朝廷だった。


いままでの歴史認識とは、ずいぶん違うのではないですか? いかがでしょうか?

万葉集のこの歌は、駒ヶ根市にある『大御食神社』の古代文字で書かれた社伝記”美社神字録”の秘密をとく鍵の ひとつです。

鍵を一つ一つ開けていきます。

(このペ-ジは、壊れた旧ブログの再掲載です。)
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# by hansaki460 | 2009-02-19 09:39 | 神代文字 | Comments(0)

古代文字の真実[4]”倭武尊はどう読むのか?”

古代文字の真実[4]
”倭武尊はどう読むのか?”


倭武尊 を 『 やまとたける 』 と 読み出したのは、江戸末期から。

やまとたけ 』 が 正しい。

社伝記には、『 やまとたけ 』 とある。

『 天皇 』 も 『 てむのう 』 と書かれている。


だから、稲荷山古墳の 鉄剣の 読み方も 間違っている。

『 ワカタケル 』 は ありえない。

『 ワカタケ 』 に 違いない。


              

<追加しました。>
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古代文字の読み方は、こちらを参照して下さい!←

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# by hansaki460 | 2009-02-18 16:18 | 神代文字 | Comments(0)

伊那谷の覇権の推移[1] ”はじめに:雑感”

伊那谷の覇権の推移[1] ”はじめに:雑感”

"古代の伊那谷の出来事”で、注目し分析すべきと思われる事柄

 天照大神・阿智彦の時代      紀元前 7~8世紀か?

 徐福列島に来る           紀元前 3世紀頃    倭の成立に影響?

 日本海~越~北信 高句麗人の渡来    2世紀      駒ヶ岳の命名?

 赤須彦の時代 ・・             3~4世紀か?  九州倭国の影響

 高句麗・新羅を征服した騎馬民族渡来   4世紀     東日本文化醸成される

 古墳の時代 鏡・馬具             5世紀~    壬申の乱への影響

 8つの伊那谷古墳群(前方後円墳)     6世紀~    地方豪族の体制化   

 阿智家・善光寺  →  戸隠・北信へ             天武の信濃行宮の影響

 藤原氏支配の時代                         比叡勢力を使った伊那谷の席捲


まだ、いろいろな要素があるかとは思うが、検討・分析していきたいと思います。

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# by hansaki460 | 2009-02-18 10:44 | 地方史から見た覇権の姿 | Comments(0)

阿智彦(思兼尊)の足跡を訪ねて[2]”阿智彦と歌姫の仲人・住吉神の別荘?・御坂神社”

阿智彦(思兼尊)の足跡を訪ねて[2]
御坂神社は阿智彦と歌姫の仲人・住吉神の別荘?


先日は、二月だというのに 信州でも20度近くになりました。
そこで急に思い立ち、阿智村の 『御坂神社』 に行ってきました。

神坂神社は 住吉社とも言い、阿智村の智里(園原、本谷)にあります。

祭神は、住吉明神[表筒男命(うわつつをのみこと)・中筒男命(なかつつをのみこと)・底筒男命(そこつつをのみこと)]です。

私のHP にありますが、ホツマツタエに、カナサキ(住吉神)は阿智彦と歌姫の仲人をしたことが 書かれています。

信州の山奥に 何故 住吉社があるのか? 誰も説明できずに いましたが、どうも 思兼尊の仲人の関係だったから のようです。

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旧東山道ですから、本当に山奥です。

近くには、『源氏物語』にも詠まれた「帚木(ははきぎ)」があった場所があります。

光源氏が空蝉に「帚木の 心を知らで園原の 道にあやなく 惑ひぬるかな」と思いを寄せ、空蝉は わが身をいやしんで「数ならぬ 伏屋に生ふる 名のうさに あるにもあらず 消ゆる帚木」と返歌しました。



また、すぐ下側に『今昔物語』にある、「受領は倒るるところに土をつかめ」という信濃守陳忠の話の碑がありました。

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 藤原陳忠が任期を終えて都へ帰る途中、峠の険しさに馬もろとも 谷に転落してしまいます。 谷底から助けを求める声に、家来たちは 篭に縄を結び付けて下ろし、引き上げると、篭には平茸が山ほど入っていました。 また下ろすと 今度は陳忠が 平茸三房を手にして、「まだまだあったのに」と 不満顔で上がってきたのでした。

当時の支配者、藤原一族の受領等の強欲さを表しています。

この話から、藤原一族が 比叡のお寺,仲仙寺・光前寺・瑠璃寺と、同じく比叡の 山王権現によって、伊那谷のすべてを支配した構造が 読み取れます。

この項は 別途設けますが、日本の歴史にとっても、非常に大きな出来事だと 思います。

帰りの途中、 『阿智神社』 もありますが、別の機会にまた・・・・。


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# by hansaki460 | 2009-02-17 16:50 | Comments(0)

古代文字の真実[3]”実際に見てみよう”

古代文字の真実[3]”実際に見てみよう”

写しです。

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法隆寺秘蔵のものです。



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鶴岡八幡宮のものです。


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# by hansaki460 | 2009-02-17 00:56 | 神代文字 | Comments(0)