信濃國 大御食ノ社に伝わる神代文字で書かれた「美しの杜社伝記」を解明してます。
by 史郎
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まぼろしの
吾道之宮


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ひふみ 考

ひふみの意味を考える

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by hansaki460 | 2017-06-30 10:13 | 神代文字 | Comments(0)

ひふみ

【試案】 思兼霊句 ひふみ神言

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by hansaki460 | 2017-06-28 09:03 | 神代文字 | Comments(0)

ひふみ文字(阿比留草文字)フォント 史郎体A 2nd ver.

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by hansaki460 | 2017-06-26 09:14 | 古代文字便覧  | Comments(0)

ひふみ

「ひふみ傳」の 始め

上古第二十代天皇:惶根王身光天津日嗣天日天皇(カシコネ オウミヒカル アマツヒツキ アメノスメラミコト)、詔(みことのり)して 四十七音文字 言歌を作らせ給う。ヒフミ伝の始めなり。  ( 竹内文献 より )


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by hansaki460 | 2017-06-25 15:35 | 竹内文献 ホツマツタヱ 古史古伝 | Comments(0)

「思兼尊之霊句四七言」の持つ意味


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by hansaki460 | 2017-06-25 10:36 | Comments(0)

「吾道家」の役割とその由来 及び、「思兼尊之霊句四七言」の持つ意味。

「吾道家」の役割とその由来 及び、「思兼尊之霊句四七言」の持つ意味。
先代旧事記 巻三 天神本紀.

・思兼命之霊句四十七言
・忌部宿禰傳、齋部家極秘神名(カムナ)
・天児屋根命作、宗源道極秘神名(カムナ)
 出典:神字日文傳
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【 思兼命之霊句 四十七言 】
( フォント:阿比留草文字 史郎体 A )
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天地暮れば 兼(思兼命)の 思いの丈にまかせよ 
思兼命が降りて、さきざきのことを
その意味(しるべ)が分からずとも、この祝詞を唱えておれば、導いてくれるのだ
ひ ふ み よ い む な や こ と




先代旧事本紀 巻第三 天神本紀 によると、
天思兼命は天照大神から「御前(天照大神) のまつりごとを為せ」との神勅を受けた。

また、先代旧事本紀大成経四十 経教本紀によると、
「天太玉命」は「斎元道」を、
「天児屋命」は「宗源道」を、
「天思兼命」は「霊宗道」を、それぞれ開き 継いだ。
これを、【三部神道】と申す。

すなわち、
忌部(天太玉命)は 祭式を、中臣(天児屋命)は 祝詞と教義を、阿智(天思兼命)は 霊性開発(鎮魂帰神)を分担します。




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by hansaki460 | 2017-06-25 05:52 | 幻の吾道之宮 | Comments(0)

大御食神社「昔時年代記・社伝記」を読む


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by hansaki460 | 2017-06-21 05:55 | 大御食神社社伝記 | Comments(0)

大御食神社、創祀年度 考

大御食神社の創祀年度は、神社明細帳では 五十八年、社伝記では 四十八年とある。

明治十二年の 神社明細帳にある「大御食神社・由緒」には、神社の創祀年度が、景行天皇五十八年とある。

一方、その根拠となる 神代文字・阿比留草文字で書かれた「昔時年代記・社伝記」には、景行天皇四十八年とある。

【明治十二年 神社明細帳】
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【解読及び神社明細帳との比較】
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「よ」の字は、「や」とも読めるが、おそらく写し間違いであろう。

大御食神社の 正しい創祀年度は、景行天皇 四十八年・西暦118年である。


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by hansaki460 | 2017-06-18 12:33 | 大御食神社社伝記 | Comments(0)

阿比留草文字 阿波文字 解読法と資料

やくもたつ いつもやえかき つまこみに
やへかきつくろ そのやえかきは

八雲も立つ 出雲八重垣 妻籠に 八重垣作ろ その八重垣は

※ 阿比留草文字 → 甲骨文字 → 漢字で里帰り


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by hansaki460 | 2017-06-12 12:29 | 神代文字 | Comments(0)

日本三大弁天とは?

★ 日本三大弁天を、ホツマツタヱ と 先代旧事本紀大成経 から解く。

竹生島【三社弁才天祭】が、6月10日にあるという。

日本 三大弁天 とは、竹生島神社(竹生島), 江島神社(江の島), 厳島神社(厳島) をいう。

弁財天とは一般的に「もとは仏教の守護神で、本地垂迹において、宗像三女神の一柱である市杵嶋姫命と同一視され、奈良期以降崇敬され続けている神」などと されている。

     ◇

【先代旧事本紀 大成経】にこうある。

大己貴尊、曰わく。この 四の椿国(くいのくに) は何れの神を栖使(しずめまさしむ) や、と。

茲に 久延彦命(ひさのぶひこのみこと) 、曰す。
天祖(あまつみおや) 諸帝(もろうえつかみ) は 天照大神を尊び 賞(いつくしみたまう) 故に、その魂(みたま) を祭り 富主姫尊(とよぬしひめのみこと=フジヒメ) と名(もう) せり。当(この) かみを降(おろ) し住(しずむ) べし、と。

今、降士(ふじ) に在(ま) す神は 人に託(かか) りて、吾が号(かみな) は 千眼大天女(あさまのおおあまのおとめ) と宣えり。

復(また) 四島(金華山・安芸・竹生島・江島)に在(います) 神は 人に託(かか) りて、吾が号(かみな) を 弁才妙天女(べんざいみょうあまのむすめ) と 宣えり。其の威徳は 太(はなはだしき) 神なり。
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また、【ホツマツタヱ】にこうある。

「昔 君 マナヰにありて ミスマルの 珠を濯ぎて
 タナキネを モチに生ませて
 床酒に ハヤコを召せば その夢に 十握の剣
 折れ三割 さがみにかんで(3つが寄り集まって)
 共となる(一つにまとまる)  三人姫生む(そして三つ子の姫を生んだため)
 " タ " の 斎名(タケコ・タキコ・タナコ) 我 穢れなば
 姫を得て 共 恥見ん」と  (以て) 誓い去る
 姫 人成りて オキツ島 サカムヱノ島 イツク島 己からさすらふ
 ( http://c23.biz/BQ4B )
 
【訳文】
アマテル神が、真奈井原に御座しました時、自ら胸の御統(みすまる) の玉を解いて、マナイ(真奈井) の水で 濯(そそ) いだ所、モチコがタナキネを生み、床神酒(ミキ) を飲んで ハヤコと交わったその夜の夢に、十握剣を 三段に折りて 清噛(サガ) みに噛むと 三宝(ミタ) となった。
その後 ハヤコが 三人の娘を生んだので、三女の名の頭にそれぞれ タ(宝) の字 を付けた
三人の姫が成人してからの神名は それぞれ、
 タケコ  沖つ島姫(現・竹生島神社)、
 タキコ  相模江の島(サガムエノシマ)姫
 タナコ  厳島(イツクシマ)姫、です。
 ( http://c23.biz/xsap )

タ(宝) の名のついた姫が坐ます それぞれの神社を、三大弁天という

 これらの話を、関係者等は 知らずにいるのか? 
 知っているのか?
 知っていても 語らないのか?
 将又、忘れ させられたのか?

でも、今日から覚えておいて頂きたい。(^^

【 日本には、悠久なる文明の歴史がある! 】


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by hansaki460 | 2017-06-06 17:08 | 竹内文献 ホツマツタヱ 古史古伝 | Comments(0)