信濃國 大御食ノ社に伝わる神代文字で書かれた「美しの杜社伝記」を解明してます。
by 史郎
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幻の『吾道之宮』


古代六家「吾道(あち)・物部・忌部・占部・出雲・三輪」の筆頭『吾道家』は、「八意思兼尊(やこころおもいかねのみこと:阿智彦)」を祖とし、天照大神の時代から続いていた。


六世紀、推古天皇の命を受けた聖徳太子と蘇我馬子が著した『先代旧事本紀』の編纂時には、吾道家家蔵の記録を提出した。


文徳斉衡三年(856)、吾道之祝となった千幡彦のあとがなく、十世紀村上天皇の御代千幡彦の裔は 戸隠神社へ移ってしまう。


十四世紀、別裔(大御食神社社家) の「常方」が 阿智祝部に就き、吾道家を継いだ。


天明元年(1781)幕府から偽書とされた『旧事大成経』に基づく神供霊祭を東嶺円慈和尚の縁により修めた。


しかし翌天明二年(1782) 十一棟あった大御食神社神官の邸宅が焼失してしまった。


歴史から吾道家が消された瞬間でした。
by hansaki460 | 2016-01-07 07:46 | 幻の吾道之宮 | Comments(1)