信濃國 大御食ノ社に伝わる神代文字で書かれた「美しの杜社伝記」を解明してます。
by 史郎
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HP
まぼろしの
吾道之宮


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心は浄土に遊ぶなり

心は浄土に遊ぶなり



もう四十年も前だろうか、ある老女優(名前が出てこない^^;)が、テレビで、

『 お寂しくは ありませんか?』

という インタービューに 応えた言葉が 忘れられない。

『 私には、想い出が いっぱいありますから、寂しくなんかありません。』

私は感銘を受け、友人に その話をしたが、友人は 真っ向から批判した。

『過去に生きるのは、嫌いだ。』

と・・・・。



先日来、風邪をひいて 部屋に籠もっていた。^^

することといえば、読書と ネット、それに頭の中で いろいろ 想いを巡らせることだ。


若い頃の自分は、そういうときには、他人に 頭に来たこととか、いわゆる 心の三毒といわれるような、妬み、怒り、愚痴などが 多かった気がする。

最近は、これからの人生のこと(まだまだ 長生きをするから・・・。^^)や、古代史のこと、時間が足りないくらいに 心が躍る。

前述の、老女優の言葉が よく分かる。


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超世の悲願 聞きしより 我等 生死の 凡夫かは有漏の穢身は 変わらねど 心は 浄土に 遊ぶなり



親鸞聖人が、平仮名まじりで 平易に説いた ご和讃にある 一節です。

『 心は 浄土に 遊ぶなり 』

生きていることは、楽しい・・・。とでも 言うのだろうか?

今 ここですごし、思っている 心の有り様は、あたかも 浄土にいるのだと・・・。

そういう心境なのですよ・・・。 

だから・・・・・・と、親鸞は 言ったのだろう。



今年初めて、少し積もった雪を踏んで、温泉に行こう! ^^
.
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by hansaki460 | 2011-01-31 11:33 | Comments(0)

僕がこの世に命授かりしは 偶然なのですか  僕がこの世に命授かりしは 必然なのですか


僕がこの世に命授かりしは 偶然なのですか
僕がこの世に命授かりしは 必然なのですか




あと一週間ほどで寒が明ける。
気温は3度ほどの中、散歩へ出た。
背中に当たるお日様は、確実に強くなってきている。
そういえば日没も、1時間ほど長い。


散歩の途中、携帯が鳴った。
来週の仕事のスケジュール確認だったが、そのあと友人は、先日隣人ご夫妻の一人息子が交通事故で亡くなった話をした。

しばし、立ち止まって話をしたが、彼が言うには・・・・

交通事故で亡くなる人の割合が統計上の確率として、ほぼ決まっていることは解るが、その亡くなる人の中へ入るのは、どう決まっているんだろう?
隣人夫妻があまりにも気の毒で、いろんな事を考えてしまった・・・。

という。


アインシュタインは「神はサイコロをふらない」と言った。
船井幸雄氏も「この世に偶然はない。すべて必要必然だ。」と、常々言っていた。


統計と確率を、数学で教えている。
確率とは、ある現象が起こる割合のことで、発生の度合いを示す指標。

必然性とは、そうなることが確実で、それ以外ありえないという性質を意味する。
偶然とは、必然性の欠如、すなわち事前には解らない出来事のことである。

また学者の中には、偶然はそもそも存在せず全てが必然である。
すなわち、未来は完全に予測できると言う学説や、粒子の運動量と位置を同時に正確には測ることができないのは、元々決まっていないからだと考える説などがあり、定まっていない。


   偶然という名の必然 (作詞作曲:北川賢一)
   http://www.youtube.com/watch?v=O7l4wtHr4r8

   右を見れど 人はうつむき
   左を見れども 人は沈み
   去りゆく日々は 人に問う
   それで いいのかと 君は問う

   やがて また訪れる
   冷たい 銀色の世界
   ほら 自分見失ってく

   君がこの世に生まれて來た事は 偶然じゃなくて
   なくてはならない 人なのです
   僕がこの世に生まれて來た事も 偶然じゃないと
   ここにいていいと 信じたいのです

   あ一 彷徨えど ひた走る
   必然の道標 探して

   ・・・・・・

   僕がこの世に命授かりしは 偶然なのですか
   僕がこの世に命授かりしは 必然なのですか
   君がこの世に命授かりしは 偶然なのですか
   君がこの世に命授かりしは…

   君がこの世に生まれて來た事は 偶然じゃなくて
   なくてはならない 人なのです
   僕がこの世に生まれて來た事も 偶然じゃないと
   ここにいていいと 信じたいのです

   あ一 彷徨えど ひた走る
   必然の道標 探して
   永遠に道標 目指して

   ・・・・・・


生命保険の保険料は、人間の死亡率をあらゆる角度から計算して決める。

統計と確率の産物だ。

しかし、いつ死ぬかは・・・・、その確率の中の個の運命は・・・・、どう決まるのだろうか???
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by hansaki460 | 2011-01-28 16:07 | Comments(0)

西行法師 「西行花伝」

西行法師 「西行花伝」


辻 邦生に、「西行花伝」 がある。

長編だが読みやすく 且つ美しい文章で、まるで西行(義清)が そこにいるかのような 散文小説だ。



(四の帖) 堀川局の語る、義清の歌の心と恋の行方

・・・・

女院が 深いお嘆きのなかで、もう一度 法勝寺の桜をご覧になろうと思われたのは、こうした 昔の思い出を 蘇らせるためでございました。

このとき 法楽(余興)として 流鏑馬が行われ、義清どのは 疾風に乗って 十番勝負に勝ち抜き、女院御所別当から 褒賞を受けました。

女院は 御簾のなかから これをご覧になっておられたので、義清どのは 女院のお顔は 見えませんでしたが、女院は 近々と 勝者義清の若々しい顔を とくとごらんになって おられたので ございます。

この義清どのに 女院が 会いたいと 仰せられたのは、同じ年の秋、黄葉に彩られた 法金剛院御所へ 崇徳の帝が行幸になられ、母君であられる 女院と 打ち寛いだときを 過ごされた折で ございました。

その日の呼び物は 較べ馬十番勝負で、摂関家からも、左大臣家からも、選り抜きの騎乗者が 推挙されて 集まりました。

義清どのは 徳大寺実能どのの騎乗者として 出たのでございます。

・・・・



西行 の生きた時代は、平家が滅亡して 鎌倉時代に入るという 大転換期であったと同時に、和歌の 一大盛期を 迎えたときでもあった。

おそらく 渦中にいた人達は、その流れの速さを 実感しては いなかっただろうと 思う。


   惜しむとて 惜しまれぬべき この世かは

          身を捨ててこそ 身をも助けめ


そして・・・

 願はくは 花の下にて 春死なん  その如月の 望月の頃  



お釈迦様と同じ、如月の望月の頃に 死にたい と 願ったものでした。


    ◇

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伊那谷の、古代文字で書かれた 社伝記が残っている美女が森・大御食神社に、西行の書と伝えられる三頭の親子馬が描かれた 書がある。


 神祇道ハ 我国ノ 大租ナレバ

   糸竹ノ 直ナランコト 

      ムネニ タエナカラン。


 駒ガ嶽 スソ野ノ森ニ 来テ見レバ

     小町ガ家ニ ハヤス七草 


と書かれている。


・・そんなこともあり、わたしは西行に強く惹かれる。


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心無き 身にも哀れは

       知られけり


 鴫立つ沢の 秋の夕暮れ










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 歎けとて 月やは物を

        おもはする 


   かこちがほなる
 
      わが なみだかな
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by hansaki460 | 2011-01-27 08:18 | Comments(0)

不思議な 小沢問題

不思議な 小沢問題


小沢裁判が 延び延びに なっている。
「遅くても 通常国会前」 といわれていたが 国会は 始まってしまった。

なぜ 遅れているのか?
大手マスコミは、ダンマリ を決め、解説する記事は ほとんどない。
そんな中 NEWSポスト によると、今月に入り 事態が急変したという。

① すでに政治資金規正法違反で起訴されている 衆院議員の石川知裕被告の再聴取時の
  検察による恫喝録音が表面化したり、

② 元第1秘書の 大久保隆規被告の供述調書の証拠申請を検察が却下したことが影響している
  ようだ。

  実は、小沢の強制起訴は、この2人の供述調書が“前提”と なっている。
  この 2人の公判が 成り立たなければ、小沢の起訴は 最高裁判例にある通り、
  『 有罪判決を 期待しうる 合理的根拠が 客観的に欠如している 』
  として、違法の可能性が出る。 それで 二の足を踏んでいるのではないか」
                                   (司法ジャーナリスト)

という記事がある。

また、筑波大学 名誉教授の 小林弥六氏 は

  小沢さんは日米従属関係も含めて、自民党時代からの古いしがらみを断ち切って新しい政治
  システムを作ろうとした。
  だから アメリカや 旧勢力の官僚、検察、大手マスコミは小沢さん抹殺に出た。

  小沢さんがいなければ 新政権である 管政権など どうにでも料理できると思っているのです。
  本当は 民主党は 小沢さんを先頭に 旧勢力と 闘わなければいけなかった。

という。

一方、菅首相が意識しているのは小泉首相の郵政解散の手法であり、小沢切りで支持率を回復させ、野党や 党内の小沢支持派の抵抗で政権運営が行き詰まれば「消費税と社会保障改革」を争点に、一か八かの解散・総選挙に賭ける。

という見方が出ている。

郵政解散の時は、大メディアに 熱狂的に報じられた小泉陣営が完勝した。 
その手法を真似て、菅首相は大メディアを味方につけておきたいところ。

小沢裁判は、外国人参政権付与断固反対を掲げる「在日特権を許さない市民の会」( 幹部4人が逮捕)の会長 桜井誠氏が、東京検察審査会へ不服を申し立て受理されたものだが、このことも不明朗だが、検察審査会のメンバーも、かなり不透明な所があった。  (結局大手マスコミは 取り上げないが・・・)

ちなみに検察審査会法では、起訴までの期限が定められていない。
また、公訴提起が義務づけられているために、無罪だと判断しても起訴せざるを得ず、例えば 議決後に 真犯人が出て 冤罪が 明らかになった場合でも、起訴し 無罪判決を求めなばければ ならないことに なっている。

何はともあれ、この問題に国民の多くは、好き嫌いで話題にするが、この問題で利害のある人達は、自分に有利に動くように最大限立ち回っていることだけは 間違いない。^^
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by hansaki460 | 2011-01-26 18:18 | Comments(0)

「山の音」

「山の音」


川端康成に 「山の音」 がある。

・・・

六十二という 齢のせいか、尾形信吾は 夜半、よく目がさめる。

鎌倉の 谷の奥 ―― 満月の しずかな夜など、海の音にも似た 深い山の音を聴いて、彼は じぶんの死期を告げられたような 寂しさを かんじた。
                                          -goo 映画より-
・・・  


夕暮れ時になると、このあたりの 山あいの集落は 静寂が包み込む。

安らぎとも、寂寞とも言えるような、不思議な世界が 生じる。

そして 静寂の向こうで、低い 持続音が 鳴り続けるのである。


大寺の 鐘の音の余韻・・・・

本堂の 外まで聞こえる お経の声・・・・

・・・・ 『山の音』 は、そんな感じで 響いてくる。



また、バッハの 「平均律」 や、多くの ソナタで使われている 技法の オルゲル・プンクト という、低音が 長く続く 奏法にも似ている。

そんな重厚な、しかし 何処か 畏怖を感じさせる 『山の音』 は、夏の終わりから 今頃まで、伊那谷に 北風が吹くと、たまに 聞こえて来る。
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初めて 山の音を聞いたのは、高校生の時に 入院をしていた 病院の屋上でだった。

ちょうど、高校の先輩の話、『愛と死をみつめて』 が話題になった頃だった。

多感な、しかし 虚しささえ感じていた、そんな 青春の頃だった。


風が、伊那谷とうい 大きな楽器を 奏でるのだ。


 ・・・・ 年のせいか、 ・・・ むしょうに、思い出される。




  風が    詩 吉野 弘


  風が 桜の 花びらを散らす
  春がそれだけ 弱まってくる
  ひとひら ひとひら 舞い落ちるたびに

   人は 見えない時間に 吹かれている

  光が 葡萄の丸い 頬をみがく
  夏がそれだけ 輝きを増す
  内に床しい 味わいを 湛え

   人は 見えない時間に みがかれている

  雨が 銀杏の 金の葉を 落とす
  秋が それだけ 透き通ってくる
  うすいレースの 糸を 抜かれて

   ・・・・・・・・・・・・・・・・・

  雪が すべてを 真白に 包む
  冬が それだけ 汚れやすくなる
  汚れを 包もうと  また 雪が降る

   私は 見えない時間に 包まれている


【合唱曲】 曲 高田三郎  心の四季 『風が』 (ニコニコ動画)
http://www.nicovideo.jp/watch/sm9483256
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by hansaki460 | 2011-01-22 07:24 | Comments(0)

勝負脳と、人生のゴール

勝負脳と、人生のゴール


北京オリンピックで大活躍した 競泳の 北島康介選手の活躍を支えたのは 勝負脳

だ そうですね。

先日の TVで 知りました。

日本大学教授で 脳科学が専門の 林成之氏の 造語だと言いますが、勝負に勝てないのは、

脳の使い方が 悪いからだ というのです。


勝負脳 を鍛えると 勝負に勝てるようになるようです。

TV では、監督が、『もう言ってもいいでしょう・・・。』 と、とっておきの秘密を 語っていました。
( 外国選手が見てたらどうしよう。。。^^;)

それは、

 『 ゴール という言葉は 体がマイナスに働く。

  ゴールが見えると、脳は 達成したと 判断して スピードが落ちる。

  だから、タッチは ゴールではなく、振り返って、電光板を見てはじめて ゴールだ!

  と、決めた。 』


というのです。 なるほどと 納得しました。



そこで 自分自身のゴールは? と、考えてみました。

私は、昭和 22歳と 粋がっていますが、先日 髭を生やしたら、真っ白なので 「年を取ったな!」

と友人に言われ、ならばいっそ、『本物の老人』 になってやろうではないか! と 心密かに

決意したことは、先日 1月 9日の日記に書きました。^^


 『 本物の老人 』とは? 今 模索中ですが、勝負脳 が一つのヒントになりそうです。

  すなわち、今私は、庵住期の ただ中にいる と自負しています。

  だから、いくつかの 計画・実行している プロジェクトを 悠々とやり遂げて、

  八十歳 を 少し過ぎる頃には、「遊行期」 へと移行して、

  百歳 まで ピンピンと 自適の生活をしたい と思う この頃です・・・。



・・・・・でも


あの世では、どんな世界に行くのか?  それが本当のゴールかも知れませんが・・・。^^
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by hansaki460 | 2011-01-18 12:56 | Comments(0)

勝負脳と、人生のゴール


勝負脳と、人生のゴール



北京オリンピックで大活躍した 競泳の 北島康介選手の活躍を支えたのは 勝負脳

だ そうですね。

先日の TVで 知りました。

日本大学教授で 脳科学が専門の 林成之氏の 造語だと言いますが、勝負に勝てないのは、

脳の使い方が 悪いからだ というのです。


勝負脳 を鍛えると 勝負に勝てるようになるようです。

TV では、監督が、『もう言ってもいいでしょう・・・。』 と、とっておきの秘密を 語っていました。
( 外国選手が見てたらどうしよう。。。^^;)

それは、

 『 ゴール という言葉は 体がマイナスに働く。

  ゴールが見えると、脳は 達成したと 判断して スピードが落ちる。

  だから、タッチは ゴールではなく、振り返って、電光板を見てはじめて ゴールだ!

  と、決めた。 』


というのです。 なるほどと 納得しました。



そこで 自分自身のゴールは? と、考えてみました。

私は、昭和 22歳と 粋がっていますが、先日 髭を生やしたら、真っ白なので 「年を取ったな!」

と友人に言われ、ならばいっそ、『本物の老人』 になってやろうではないか! と 心密かに

決意したことは、先日 1月 9日の日記に書きました。^^


 『 本物の老人 』とは? 今 模索中ですが、勝負脳 が一つのヒントになりそうです。

  すなわち、今私は、庵住期の ただ中にいる と自負しています。

  だから、いくつかの 計画・実行している プロジェクトを 悠々とやり遂げて、

  八十歳 を 少し過ぎる頃には、「遊行期」 へと移行して、

  百歳 まで ピンピンと 自適の生活をしたい と思う この頃です・・・。



・・・・・でも


あの世では、どんな世界に行くのか?  それが本当のゴールかも知れませんが・・・。^^
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by hansaki460 | 2011-01-18 12:56 | Comments(0)

忘れたことと 忘れさせられたこと

忘れたことと 忘れさせられたこと


江藤 淳(1932-1999)という文学評論家がいました。
私は「諸君!」誌上で、多くの論文を読みました。

氏は多くの論文の中で、GHQによる戦後日本のマスコミへの検閲、GHQの呪縛から脱却できない戦後民主主義を鋭く批判しました。

その中に『忘れたことと 忘れさせられたこと』という論文があり、後に単行本になりました。
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江藤氏はそれら著書の中で、米国国立公文書館分館の、マッカーサー司令部の残した記録文書のダンボール箱の中から、占領中に日本人の書いた大量の手紙の英訳を発見し、そのいくつかを紹介しています。

これらの私信は、占領軍司令部に属する民間検閲支隊(CCD)により、無断で開封され、英訳されて、チェックを受けたもので、将校88名以下、日本人5,076名を含む総員6,168名という大所帯で、当時2千万通にのぼる私信から、4百万通を開封し、内容を検討していました。

また毎月350万通の電信を検閲し、2万5千通もの電話の会話を盗聴していた・・・といいます。

今でも米軍は、日本中の通信(メールも)を盗聴しています。
私自身もmailの内容を指摘された経験があり、以前日記に書きました。(不安があり、半年ほどで消しましたが・・・。^^;)
   ◇

昭和20年(1945)、連合国司令部記述として全国の新聞紙上に連載された宣伝記事に、『太平洋戦争史』 があります。

ウィキペディアによると・・・

「国民は完全なる歴史を知るべきだ」 「軍国主義者の行った侵略を白日に」 などという GHQの趣意による新聞紙上での宣伝占領政策の一つ。
翌年には、『奉天事件より無條件降伏まで』 として刊行された。

これらの宣伝に対して、批判や反論、検証などは許されず、他の占領政策と相まってこれらの考えが次第に国民の間に押し広められていった。

ラジオ放送でも、盛んに宣伝政策 『眞相箱』 といった番組があった。

とあります。

   ◇

アメリカの押し付けた教育プログラムWar Guilt Information Program =「戦争犯罪情報 プログラム」=“WGIP”は、日本人に 以下のような思想を持つように 強制的に 教育するものでした。

第一に、白人に対する 徹底的な劣等感を植え付けること。
第二に、アメリカは素晴らしい国だと 信じ込ませること。
第三に、自分独自の意見を 作らせないこと。
第四に、討論や議論を 学ばないこと。
第五に、受身のパーソナリティを 作ること。
第六に、一生懸命 勤勉に 仕事させること。
第七に、目立つ人の 足を引っ張ること。

これらは、イギリスの植民地だったインドで 実践された 教育方針そのままです。
要するに、上からの命令に疑問を持たず、与えれた課題だけを 勤勉にこなす“しもべ”を作る、いわば 奴隷教育 です。


“WGIP”について 江藤淳は、太平洋戰爭史という宣伝文書を「日本の 「軍国主義者」 と 「国民」 とを対立させようという意図が 潜められ、この対立を仮構することによって、実際には日本と連合国、特に日本と米国とのあいだの戦いであった大戦を、現実には無かった 「軍国主義者」 と 「国 とのあいだの戦いに すり替えようとする底意が秘められている」

と分析し、また

「もしこの 架空の対立の図式を、現実と錯覚し、あるいは 何らかの理由で 錯覚したふりをする日本人が出現すれば、“WGIP”は、所期の目的を 達成したといってよい。

つまり、そのとき、日本における『伝統的秩序破壊』のための、永久革命の図式が成立する。

以後日本人が大戦のために傾注したエネルギーは、二度と米国に向けられることなく、もっぱら「軍国主義者」に向けられるにちがいない」

とも指摘し、かつ

「すなわち、戦争はすべて「軍国主義者」の責任であって、米国には何らの

責任もないという論理が成立可能になり、大都市の無差別爆撃も、広島・長崎への原爆投下も、「軍国主義者」が悪かったから起った災厄であって、実際に爆弾を落した米国人には少しも悪いところはない、ということになるのである」

としています。

   ◇

私は、わたしたちの世代の責任として、先の大戦の総括を済ませて、次世代にはその負い目を引き継がずに正々堂々と生きていかれるといいな、と思っているひとりです。

いろんな論点を、語り合うことを憚らない社会でありたいです。
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by hansaki460 | 2011-01-17 07:12 | Comments(0)

【死】 こころの準備 3/3


【死】 こころの準備 3/3



前回の『八正道』が、心・思いを正す教えなら、六波羅蜜多(ろくはらみた)は実践行の教えです。 

また Wikipedia から 引用してみましょう。


六波羅蜜多とは、ブッダを目指す菩薩が修めなくてはならない、六つの 実践徳目 のことで、

菩薩は、この 六の波羅蜜多行の 徳を蓄積して、一切智の 正等覚者と なります。

その修行の教え なのです。


布施波羅蜜    - 他の人びとに 与えること、すなわち 『施(ほどこ)し』 です。
            財施・喜捨・無畏施・法施(仏法を教える)など。 

持戒波羅蜜多  - 戒律を守ること。 自分を律する生き方のすすめです。
             五戒・禁戒を守ること。

せん提波羅蜜多 - 耐え忍ぶこと です。 心を調え、怒り、恨み、妬み、嫉み
            など、他人を害する思いや 言葉から 耐え忍ことです。

精進波羅蜜多  - 努力すること。 種をまき育てれば、実がみのる という 縁起を基に、
            努力を教えます。

禅定波羅蜜多  - 心を集中して、心を安定させること。
            すなわち 精神統一 の完成のことです。

般若波羅蜜多  - 物事をありのままに観察し、本源的な智慧 を発現させること。
            智慧の完成です。
            これが仏教の 目標の一つです。



これらの 六波羅蜜多は、思想性よりも 実践性のほうを 重視した考え方です。

そして 波羅蜜(はらみつ)とは、内在する叡智 という意味で、多 とは、その叡智があふれ出て

くるさま をいいます。



今から2,500年も前に、既に人間の真相を見極めていたんですね。

つまり人間の心は昔も今も変わらないということです。

その心をコントロールできるようになって、死を迎えるのなら素晴らしいことですが、凡人には

なかなか悟れません。

そこで 輪廻転生を 繰り返すのではないでしょうか。


・・・私はそんなふうに思います。^^
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by hansaki460 | 2011-01-16 08:38 | Comments(0)

【死】 こころの準備 (2)

【死】 こころの準備 (2/3)



釈迦は 鹿野苑での 初めての説法・初転法輪で、『四諦(したい)』 を説きました。 

『四諦』 とは、苦・集・滅・道 の 四つをいい、どうすれば悟れる(理解できる)か? ということを 教えました。


すなわち、 苦 とはなにか?、それが分かったらその 苦 の原因を 滅 しなさい。
それには、『八正道』という教え がありますから、それを 実践 しなさい。
ということを 教えたのです。

そして、『苦』 には、生・老・病・死、の 四苦 と、愛別 離苦( あいべつ りく )・怨憎 会苦( おんぞう えく )・求不 得苦 ( ぐふ とくく )五蘊 盛苦(ごうん じょうく )を合わせた 八苦 がありますよ。
と教え、その 『苦』 の原因は『煩悩』に 悩まされる こころ にある、としました、

そして 克服すべき 煩悩 に、貪(むさぼり)・瞋(怒り)・癡(無知)、がある として、これらを 克服する方法を 教えたのです。

以上が 昨日の話です。^^



では 八正道 とは? Wikipedia から 引用してみましょう。

釈迦 三十五歳の 悟り は、まず 非苦非楽の中道、すなわち 難行苦行や、他人任せの 易行 ではない、中道にこそ 修行の道はある。
それが 八正道の実践である といました。


八正道 とは、正見、正思、正語、正業、正命、正精進、正念 および 正定 を言います。

すなわち、

正しく 見たか? 
正しく 考えたか? 
正しい 言葉を発したか? 
正しい 行いをしたか? 
正しい 生活を営むことが出来たか? 
正しく 精進努力をしたか? 
正しく 精神集中し、煩悩等から逃れられたか? 
正しい 智慧を(神仏の) 我が心のものとしたか? 

と、今日一日 我が身を振り返って、心 と行い を 正しなさい。

その 繰り返しの実践で、『八正道』は 人間完成への道 となる、と教えました。


なかでも 私は、『正命』は、一日いちにちを、精一杯 生き きったか? と理解しながら、その実践の いちページにしよう と思います。



そのうえで、八正道の次に来る教えは、『六波羅蜜多(はらみた)』です。

八正道が 心の修行の 教えなら、六波羅蜜多は 実践行 です。

いわば、人間力・本当の 実力を鍛える 教えなのです。^^
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by hansaki460 | 2011-01-15 06:35 | Comments(0)