信濃國 大御食ノ社に伝わる神代文字で書かれた「美しの杜社伝記」を解明してます。
by 史郎
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カテゴリ:神代文字( 22 )

あひる草文字の印影を作ってみました。

日本には、何種類もの古代文字がありました。

その中で、甲骨文字の起源という説がある『あひる草文字』と呼ばれる文字があります。

江戸時代、あひる草文字の蔵書印を、賀茂真淵,常世長胤らが持っていました。

そこで 私も作ってみました。

ご笑覧ください。(^^
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by hansaki460 | 2015-08-02 10:12 | 神代文字 | Comments(2)

神功皇后、仲哀天皇、実在の証明書

一ヶ月ほど前、日本経済新聞に
神功皇后は実在した? 九州に数多く残る伝承地
http://www.nikkei.com/article/DGXMZO86406480S5A500..
という記事がありました。

神功皇后と仲哀天皇が実在しなかった、という説に対する神社伝承からの反論です。

〔Wikipediaからの参考〕
神功皇后を天皇(皇后の臨朝)とみなして15代の帝と数えられていた。
現在では実在説と非実在説が並存している。

仲哀天皇:足仲彦天皇(たらしなかつひこのすめらみこと)
仲哀天皇の実在性には疑問が出されている(仲哀天皇架空説)。

     ◇

伊勢神宮には、約1450年前の物部大連尾輿自身の奉納文や、藤原の鎌足・藤原の不比等・源頼朝・源義経等、99葉の本人による奉納文が、日本古来の文字で奉納されています。

そしてその「伊勢神宮奉納文神代文字保存委員会」があり、私も会員になっていますが、先日作家で会長の大下伸悦先生が

「神代文字文書には「西暦112年から840年間の歴史」が刻まれていた。」
http://kotodama-club.seesaa.net/article/421095646...

と書かれたので、早速私のHPとブログを紹介したところ、今朝、

「大御食(おおみけ)神社ご神字….神社の古史社伝」
http://kotodama-club.seesaa.net/article/421361753...

とのブログがありました。

大下先生は、

『驚きましたね。
 日本の伝統文字によって正式な神社の社史がつづられ、いまに残されていること・・・。
 そして赤裸々につづられているこの国の歴史です。
 例えば、「おきながたらしヒメ(神功皇后)」の治世の御代がおありであったことがこの社史で確認できることにも興奮を覚えます。』

と書かれていますが、私ははずかしながら神功皇后の御代の記述が、大下先生をして

『私は今生ではもう出合えるはずのない宝物に出合ってしまった。』
『よもや本物の日本とつながれるとは…、思ってもいない出来事でした。
 衝撃が強すぎてこれ以上は言葉が続きません。』
『いやはや、生きていてよかったという思いです。』

とまで言わしめる程の記録とは、思いもよらなかったのでした。

ただ、『古代文字便覧』を発表してからというもの、ネット上での無責任な古代神代文字は偽物という書き込みはほとんどなくなった実感はりましたが…。

     ◇

落合直澄の 翻刻した社伝記には以下の記述があります。

「息長帯日子(おきながたらしひこ)〔仲哀天皇〕 ノ御代四年の秋葉月(あきはつき)、御蔭の杉枯れにき。
然れども 御蔭杉(みかけすき)の中つ枝に 大空(おほうつろ) あり。
杉の実 生いて、巡りて一抱き余り成る有り。
よりて 同じ天皇の五年の春 弥生、植え継ぎの御業、またその御杉もて、御殿(みあらか)を御建て、御渡ノ神幣(ぬさ)奉り、厳(いかし)楯矛 御旗、厳しく清すがしく、日本武尊の御霊を御渡り奉れり。」
http://homepage3.nifty.com/utukusinomori/newpage7...
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注)
あひる草文字の〔こ〕という文字は、〔め〕と似ており、書き写し時のリスクなどを考慮すると、「おきながたらしひこ(仲哀天皇)」とあるのは、「おきながたらしヒメ(神功皇后)」であるかもしれません。

     ◇

というわけで、解説が長くなりましたが、「神功皇后、仲哀天皇は実在の証明」の一助とさせていただきます。

私は戦後の、九州朝に関わると思われる人物らが、日本武尊も含め実在を疑うがごとき一部の学者の見解を憂いております。(^^
.
by hansaki460 | 2015-06-28 08:36 | 神代文字 | Comments(0)

「アヒル草文字のフォント」


余話
私が 一年前に制作した、日本の古代文字「アヒル草文字のフォント」が先日、ひとつ売れた。
もう忘れていたので、びっくりした。
なぜびっくりしたか?というと、私のHPからコピーしても、あまり 解像度は 変わらないからである。
しかし、本当に売れたのだ。

そこで、さっそくそのページに、二匹目のどじょうを狙って、宣伝文句を掲載した。^^
・新フォント 【 阿比留草文字史郎体A 】
http://homepage3.nifty.com/ut..

どなたが購入してくれたのかは、わからない。
そこで、売れた理由を 推理してみた。
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その昔 ソロモン王は ユダヤの神 ヤハウェから、世界の王のしるしとなる 宝の品々を授かった、という伝説がユダヤに伝わる。
そのソロモン王の宝は、三千年前、エルサレムの神殿から持ち去られ、行方不明となっている。

そして、「インド、ネパール、パキスタンなどでの 調査の結果、ソロモンの宝(=太古日本の カラ族の秘宝)が どこにあるのか探しあてた」・・・という話が、ネットに出ていた。^^


ユダヤの ヘブライ語と 日本語が 似ていることは 有名な話だ。
それをふまえて、こんな話がある。

「ロスチャイルド家が 探しているのは、ソロモンの宝であり、その 秘密が 日本の古代文字の アヒル草文字で 解読できるのではないか というらしい。」

そして こんなことまで書いてある。

「ロスチャイルド家の當主 エドモンドが、なぜ 日本の神代文字に興味を示すのか 解せなかった。
然し、ロスチャイルド家の人間が 神代文字の資料を集めている事は、別のルートの情報からも 明らかだつた。
聞くところによれば、私が彼女と会う何年か前、東京・原宿にあるコンピュータ・ソフトのメーカーがアヒルクサ文字のソフトを凡そ二千本つくったと云う。
私白身は 其のソフトの實物を見た事はない。が、其れらは 歐米に輸出されて、一つ殘らず 賣れてしまつた と云うのだ。
日本では、ぼとんど 誰も買ふはずのない 其のようなソフトを メーカーが製作した事自体 とても信じられない事だが、其れをまた 歐米の研究者が ただちに贖入したと云うのも 奇妙な話である。」

・ロスチャイルドが 異常に関心を寄せた「アヒルクサ文字」
http://ameblo.jp/stageup-gate/entry-11191168367.ht..

そのうえで、アヒル草文字のソフトを 買い占めた理由を、こう述べている。

「アメリカを中心に卷き起こってゐる 猛烈な 古代文字 解讀ブームの最中に、此のブームを演出している 國際ユダヤのプロデューサーが 日本の古代文字 ― 神代文字に注目して 發注したものに違ひない、」

しかし、これでは ロマンがない。^^;

そこで私は、こんな仮説をたて、ひとり悦に入っている次第です。(爆笑)

「ソロモンの秘宝の在りかを記した 何かは、おそらく 日本の古代文字・アヒル草文字で解読できる と踏んで、ソフトを買い占め、私のフォントも 購入したのではないか?」・・・と。

この方が、謎めいて とてもロマンがあるからである。^^

by hansaki460 | 2012-10-18 12:11 | 神代文字 | Comments(1)

古事記の新解釈^^

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古事記(部分)新解釈(^^)


かぐら(神楽)の語源は、神座(かむくら)で招魂し、巫(かんなぎ)・巫女(みこ)が神々を降ろし、神懸かりとなり神の意志を伝えたり 穢れを祓う歌舞が 神楽と呼ばれるようになった、という。

古事記 および日本書紀においては、岩戸隠れの段で アメノウズメが 神懸りして舞ったという神話が 神楽の起源であると されます。


古事記の話はこうです・・・。 

高天原の天の岩戸に天照大御神がお隠れになったとき、天の安の河原に八百万の神々があつまり、解決策をねりました。

高天原一の知恵者、思金神が、作らせた『勾玉の珠飾り』・『八尺鏡』をさか木の枝に掛け、『白と青の幣』を垂らし、祝詞を唱え、手力男が岩戸のわきに隠れ、天照大御神を誘い出す大宴会をした。

天宇受売は、かづらをたすきに、まさきを髪飾りにし、笹の葉を手に持って、ステージがわりの大きなおけを伏せてその上に乗り、とんとんリズムをとりながら 面白おかしく踊り始めました。


【手草結天香山之小竹葉而於天之石屋戸伏汚氣而。於天之石屋戸伏汚氣而。】

そうして隠れていた手力男は、あめのうずめが踊りながら差し出した 鏡を見ようと 体をのり出された 天照大御神を外に引っぱり出しました。
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今日の話題は、「ステージがわりの 大きなおけを伏せて その上に乗り」 というところです。^^

① いままで 古事記 の解釈は、【伏汚氣】 を、『桶伏せて』 としています。

② しかし、「 神代文字で書かれた 大御食神社の 社伝記 」 にも、

笹舞い踊り、童 二十二人手に 笹の葉扇を持ち、踊り唄いて曰わく、
 稲虫ノ 祟あらすな 御年神、白猪 白馬 鶏ぞ奉らん。
 また あな楽し ああれ楽しさ、田穀畑つ種々、八束穂に 豊けく実り、あな楽し、
 ああれ楽しさ、天安国平らけく 
 於介(おけ)や 於介(おけ)」


・・・と、オケ が出て来ます。

③ また、<神楽歌>には、

いせじまや あまのとねらが たくほのけ 於介於介
たくほのけ いそらが崎に かをりあふ 於介(おけ)於介(おけ)
  ー以下略ー

といったものがあり

④ 古史古伝の 『 ほつまつたゑ 』 でも、

天晴(あは)れ あな面白(おもしろ)  
あな楽しあなさやけ  おけ さやけおけ  
あわれ 面白  さやけおけ あな楽し
 

と、【 おけ 】 が 語られています。

⑤ 宮中の 新嘗祭では、神楽舎で 神楽歌を奏しますが、
 「阿知女作法」 於介 阿知女(おけ あじめ) というものが あります。

  本方 阿知女  :  於於於於 (お~お~お~お)
  末方       :  於介 (お~け)


とあり、祭壇の扉を開く際に神官が唱える声で、神を迎える儀式作法と考えらている。

     ◇

③ たくほのけ かをりあふ 於介於介
     ↓      ↓
  焚く火の煙  薫り合う  オケオケ


④ あわれ 面白 さやけ おけ あな楽し
    ↓        ↓
  天晴れ  面白 清け オケ  あな楽し


◆ すなわち 『オケ』は、【穢気】 であり、【可笑】 ではないかと思います。

◆ 『伏せて』は、【衾・被】で、
  1.覆うもの。包むもの。被るもの。
  2.分ける・限る・隠すもの。 ついたて。
 ・・・などの「合わす・覆う・包む・収める」「離す・分ける・限る・隠す」などの意味がある。

 於天之石屋戸 伏汚氣而 とは、桶を伏せたのではなく

 穢れ(けがれ)を包み覆う という、かけ声であり、祓(はらえ)だと思います。
by hansaki460 | 2012-05-29 10:26 | 神代文字 | Comments(1)

風三郎神社の話

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【風三郎神社】の話


私が、古代文字で書かれた 大御食神社の社伝記 について調査している事は、ご存じだと思います。^^

その社伝記の中に、【 風三郎神社 】の事が記載されています。
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雄朝津間稚子宿禰ノ尊:允恭天皇(376-453)の御代、五年(416)の秋文月、十一日より 嵐風疾き(あらかせとき)雨降りて 五日五夜 きよりて小止まず。

故に八十上津彦、大御食ノ社の神の前に御祈りするに神告げて詔り給はく、

「大草ノ里 黒牛に坐す 風の神の祟りなり。
 この神実(かみざね)を祀らば、穏(おたひ)ならむ」

と、現(おつつ)に詔り給えり。

是は おさおさしきことなりとて、大草ノ里の長 武彦 はた岩瀬、はた阿智ノ宮主 牛足彦と共に議りて、種々の物を捧げ奉りて 称辞(たたえごと)申し給ひしかば、風凪(なぎ)雨止みて穏になりけり。

議りて、種々の物を捧げ奉りて 称辞(たたえごと)申し給ひしかば、風凪(なぎ) 雨止みて 穏になりけり。

七日の次の日 空晴れて 日の御影 明らかなり。


・・・

允恭天皇の御代五年(416年)、陰暦七月半ば、暴風雨が幾日も続いて農民たちは困っていた。

赤須の「大御食神社」のお告げによると
『 大草の里、黒牛にある 風の神の祟りである。この神をまつれば 嵐はすぐに止むだろう 』 という。

そこで大草の里長たちは 皆と相談し、三十余ヶ村の人々を集めて、黒牛の風穴に 様々な品物をささげて 風の神を 手厚くまつった。

すると、たちまち嵐は止み、穏やかな気候になったという。

【社伝記】 下巻6 参照

     ◇

では、【 大草ノ里 黒牛に坐す 風の神 】 は、今どうなっているか?

長野 上伊那郡 中川村 大草 黒牛 に 現在、『 風三郎神社 』がある。
御祭神は、「 級長津彦命 」 と 「 級長戸辺命 」

これは、風の神(風神)として古くから信仰を集める奈良県の 『 龍田大社 』 の御祭神と同じで、

天御柱命 : 級長津彦命 (男神)、
国御柱命 : 級長戸辺命 (女神)

のこととされています。
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ただし このことは、以前から神社はあったが、祭神などについては判って居らず、近年になって土地の郷土史研究家が社伝記を元にして ある会報に書いたものが碑になっているのみ。

ということは、神社は元からあったが、そのいわれについては、古代文字で書かれた社伝記にのみ伝わっていた、ということで、社伝記の信憑性が証明される史実です。

     ◇

風の三郎というと、宮沢賢治の 「 風の又三郎 」 を思い出します。

「 風の神 」 を何故 「 三郎 」 と呼ぶのか? は、吉野裕子氏が、氏の著書 「 陰陽五行と日本の民族 」 で、【 風の三郎 】 とは、陰陽道に因り、「 木気三合における 三番目、墓気の未 」 を擬人化した名称だとしている。(私には消化不良ですが・・・。^^;)

風神を祀る神社や、「 風の三郎社 」 という神社が 全国にはいくつかあり、風の三郎伝説も、福島・新潟・長野・山梨地方にあるという。

風の三郎とは、三男坊のやんちゃ息子、と云ったところだろうか・・・・。^^
by hansaki460 | 2012-05-22 05:02 | 神代文字 | Comments(0)

古代文字で書かれた 四世紀の地名&【放射性物質拡散予想図】

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古代文字で書かれた 四世紀の地名



(軽島の明宮(あかしのみや)に坐(ましまし)給ひし 品陀和気(ほむだわけ)ノ尊〔応神天皇〕の御代)四十年(309年)の秋文月、 宮田の里の長 兄守(えもり)また弟守(おともり)と共に議(はか)りて、宮簀姫を迎え奉りて 田比中と云う所の清地(すがち)に祠を建て齋い祀りき。
これ大御食ノ社に迎え坐(ま)しし、宮簀姫の分け御霊なり。


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これは、大御食神社に伝わる古代文字(阿比留草文字)で書かれた社伝記にある、長野県上伊那郡宮田村の、「姫宮神社」の由来です。


村の資料では、「口碑によれば、応神天皇35年の創立という。」とある。
【宮田村インターネット博物館】


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四世紀に、宮簀姫を迎え奉りて 田比中と云う所の清地(すがち)に祠を建て齋い祀りき、とある地名は、現在、「 字 田中 」 として、当該地に残っている。

これは、古代文字で書かれた社伝記の信憑性を表すものだ。


     
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5月 2日(水)
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5月 3日(木)
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5月 4日(金)
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by hansaki460 | 2012-05-02 05:55 | 神代文字 | Comments(0)

謎解き : 古代文字で書かれた社伝記を読む

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【001】
はじめに


古代文字の中で、漢字が伝来する以前の古代に日本で使用されていたと称される日本固有の文字の総称を【神代文字(じんだいもじ)】といいます。


信州伊那の谷、大御食(おおみけ)神社には、通称 ”美社(うつくしのもり)神字録” と呼ばれる、古代・神代文字の 『アヒルクサモジ』 で書かれた社伝記が伝わっています。

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美社(うつくしのもり)というのは、この場所をむかしから 『美女ヶ森(びじょがもり)』 といい、由来は大御食神社の御祭神にあります。


御祭神は、倭建尊(ヤマトタケノミコト)でしたが、応神天皇38年(AC307)に、熱田の草薙の剣の霊代と、五郎姫(いついらひめ)神とをお迎えして、以来 『美女ヶ森(びじょがもり)』 と呼ぶようになりました。



さて、古代文字・神代文字の 『アヒルクサモジ』 というのは、全国の神社などに伝わっているものですが、江戸時代から 現在まで、多くの国学者・言語学者たちは、『いわゆる 神代文字は偽物』 であるとしています。


あるとき私は、大御食神社の地元・駒ヶ根市の市誌編纂室を訪問し、社伝記と神代文字について尋ねました。

そのとき責任者の K氏は、まじめな顔をしてこう言ったものです。


「神代文字は、皇国史観の産物で偽物だ」 と。


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では、偽物だと言う文字で書かれた 社伝記を拠り所にして、大御食神社が存立し、千数百年にわたって伊那谷の民たちに尊崇されてきた事実を、どのように説明するのだろうか?


そのときの K氏の言葉が、わたしの社伝記の謎解きへの挑戦の始まりでした。


この謎解きの話に、しばらく、お付き合い下さい。^^


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【目次】  (予定)

まえがき

第1章 大御食神社
  1 大御食神社
    大御食神社・概要/大御食神社・概論・由緒/赤須彦・出自
     /倭武尊(ヤマトタケのミコト)・東征・歓迎された倭武尊/押姫・采女屋敷


第2章 社伝記
  1 社伝記とは?
    上巻/下巻
  2 社伝記を読み解く(何が書かれているのか)
    風土記との類似/日根子
  3 古代伊那谷の風景
    湯奉の沢/里の地名/諏訪との境
  4 建御名方命は、天津御許の神
    建御名方命は、天津神/伊勢津彦/御手形神社

第3章 古代文字
  1 古代文字論争
    古代文字真贋論の推移/言語学会の現状/日本語の起源/漢字の伝来
     /漢字系文字(疑似漢字と派生漢字)

  2 否定論の検証
    古語拾遺/記紀/隋書/江戸時代/明治以降/現在の古代文字論/八母音説
  3 阿比留草文字 実在の証明
    甲骨文字の伝来/朝鮮使の証言(かと文字)/徐福/日本中にある甲骨文字
  4 阿比留草文字は、こう読む
    甲骨文字の草書体/神字の類(かむなのたぐひ)/読み方
  5 もう一つの古代文字
    豊国文字/サンカ文字/発見された絵文字/

第4章 社家
  1 赤須彦の系図
    社伝記・【赤須彦】/先代旧事本紀・大成経・【吾道家】/ほつまつたえ・【アチヒコとワカヒメ】・【伊那洞】・【野洲川】
  2 高皇産霊神ファミリーの足跡
    高皇産霊神/思兼尊/阿智神社/戸隠・手力男/秩父

第5章 社伝記は、古代史を説く鍵
  1 文字の発見
    長楽骨の碑文(骨刻文字)と、甲骨文字/象形文字の発見と、豊国文字【上津文(うえつふみ)】
  2 覇権の推移
    大陸の覇権/半島の覇権/列島の覇権/九州朝と信濃

資料 
   美社神字解・古代文字便覧・全国の古代文字

あとがき
by hansaki460 | 2011-02-21 21:02 | 神代文字 | Comments(0)

駒ヶ根市 大御食神社 氏子の諸君へ


駒ヶ根市 大御食神社 氏子の諸君へ

「駒ヶ根市の大御食神社に、『古代文字で書かれた社伝記』 が有る事を知っていますか?」
と、多くの市民に聞いても、「知らない」 と答えるだろうと思います。
または、知っていても興味が無い、と言うかもしれません。

このままでは、例えば
「あなたの家にあるあの古文書は、2~3千年前の事が分る資料なんですよ。」
と言われても、
「そんな馬鹿な!」
と、押入れの隅に仕舞い込んで、
「いつの間にか、どこかへ行ってしまった。」
となるのが、落ちではないでしょうか。

 なぜそう言えるかというと、
 1,多くの人が、「偽物だ」 と思っていて、
 2,お宮の宝物の 管理者 「所有者」 があいまいであり、また
 3,総代たちに、興味も知識も無い、から
 4,公表しないし、研究もしない。

 のだと、思えるからです。

しかし、『古代文字で書かれた社伝記・美社神字録 』 は、貴重な文化財であり、重要な財産ですから、市民や研究用に広く公開したらいいのではないでしょうか?

そうすれば、地域の誇りがまたひとつ生まれ、歴史を見直し、郷土をもっと大切にするでしょう。

例えば赤穂学校の校歌を作った小町谷氏の家系は千数百年続く家で、赤須彦の祖先の思兼尊は、天照大神の妹・和歌姫と結婚している事などが見えてきます。

改めて、市民の宝物を見直したらいかがですか?
by hansaki460 | 2010-08-16 01:15 | 神代文字 | Comments(1)

古代文字便覧  『神代文字実在の証明』 ひ

阿比留草文字は 甲骨文字から派生しました
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   ★古代文字便覧へ★


音楽曲 サイト
レクイエム
バッハ:マタイ受難曲 リヒター指揮 
フォーレ:レクイエム
モーツァルト:レクイエム ベーム指揮 ウィーン交響楽団
モーツァルト:レクイエム カラヤン

J.S.バッハ
管弦楽組曲 第1番
管弦楽組曲 第2番
チェンバロ協奏曲 第2番 
パッサカリア ハ短調
主よ、人の望みの喜びよ
J.S.バッハでお休みなさい。
ドヴォルザーク
交響曲第7番
交響曲第8番 ブルーノ・ワルター指揮
交響曲第9番  「新世界より」 カラヤン指揮 ベルリンフィル
スラブ舞曲 第1集
スラブ舞曲 第2集
ヴァイオリン協奏曲
我が母の教え給いし歌
スターバトマーテル
Eja, Mater,
ヴィヴァルディ
ヴァイオリン協奏曲集「四季」
ヘンデル
ラルゴ (オン・ブラ・マイフ)
ベートーベン
ピアノソナタ第14番 嬰ハ短調 作品27-2 「月光」
ピアノソナタ第23番 へ短調 作品57 「熱情」
・ピアノソナタ第8番 ハ短調 「悲愴」 作品13
ブラームス
交響曲 第3番 ヘ長調 作品90
交響曲 第4番 ホ短調 作品98     
フォーレ
レクイエム
「組曲“ペレアスとメリザンド”作品80」    
パヴァーヌ 作品50
ラシーヌ讃歌
ショパン
幻想即興曲 嬰ハ短調[遺作]作品66
ノクターン集
ピアノ協奏曲 第1番
前奏曲集
マスネ
タイスの瞑想曲
チャイコフスキー
弦楽セレナーデ ハ長調 Op.48 第3楽章 エレジー
モーツアルト
ドン・ジョヴァンニ
ヴェルディ
トロヴァトーレ
Anvil Chorus
パガニーニ
バラキレフ
東洋風幻想曲《イスラメイ》
ベルリオーズ
幻想交響曲
シューマン
クライスレリアーナ


「水のいのち」

・・・・
by hansaki460 | 2010-05-02 14:34 | 神代文字 | Comments(0)

神代文字は徐福が伝えた 『甲骨文字』 だった。

神代文字は徐福が伝えた『甲骨文字』だった。


先日 八重洲ブックセンターへ立ち寄り、二冊の古代史関連の本を購入しました。

① 矢切止夫氏の、『 日本古代史入門 』と、
② いき一郎氏の、『 徐福集団渡来と 古代日本 』です。

◇ 矢切止夫氏の古代史観は、氏の野史辞典などを読んで知ってはいましたが、目から鱗の本です。

たとえば、東山文庫蔵本の後西帝の纏められた日本書紀を底本にした、黒板勝美の第九次日本書紀(現在主に使われている日本書紀)について、東山文庫蔵本が纏められた背景を語り、
『 これは江戸期製であり 後西帝の恨みが隠った誤りの書である。』
と、断言しています。
この『 日本古代史入門 』については、別の機会に紹介したいと思います。

◇ さて、② の、いき一郎氏の、『 徐福集団渡来と古代日本 』ですが、この中で大変参考になる、また心強い発見がありました。

それは、江戸幕府の修史事業として林羅山らが編纂した歴史書・本朝通鑑に、
『 徐福之来日本、在焚書抗儒之前 六七年矣、相蝌蚪篆籒書添竹牒、時人知者鮮矣。其后世世兵燹、紛失乱墜、未聞其伝、嗚呼惜哉。』

(始皇帝の焚書坑儒の6,7年前にやってきた徐福一行は 旧文字の竹簡などを持ってきたが、当時の者で知るものは少なかった。 わが国でも兵火で紛失し、今に伝わっていることを 聞かない。 惜しいものだ。)というものです。

文字は、漢字の起源である「甲骨文字」から「金文」、「大篆」と派生しました。

私のかねてからの自論は、『古代文字・神代文字の《あひる草文字》は、甲骨文字から読むことが出来る。』と言ってきました。

そしてこれにより、自論通りに少なくとも16世紀までは、徐福が甲骨文字よりもすこし進化した 蝌蚪篆籒書、すなわち おたまじゃくしの様な篆書体で書かれた竹簡を伝えたことが明確になりました。
ですから、あひる草文字は 読めるのです。

すくなくとも 紀元前3世紀頃までには、文字が伝わっていました。
しかし、大陸北部系の藤原氏に懐柔・支配された近畿天皇家は、大陸中西部から来た九州西部の勢力や、徐福のことを無視し、邪馬台国のことは、記紀に記しませんでした。

すなわち、前10世紀の南九州朝・御中主之神以来の古代九州朝の神話を盗んで、権威つけをしたのです。

そして未だに、邪馬台国は 近畿にあった と、一生懸命 こじつけようとしています。

◎ この事から、伊那谷の『大御食(おおみけ)神社 』に伝わる古代文字で書かれた社伝記 "美社神字録”の信憑性と、九州の神々ゆかりの神社であることが、証明されました。

ようやく、私の古代文字に係わる疑問も解け、取りあえずの結論を上程できます。^^
あとは、まとめる作業です。
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by hansaki460 | 2010-02-21 07:44 | 神代文字 | Comments(1)