信濃國 大御食ノ社に伝わる神代文字で書かれた「美しの杜社伝記」を解明してます。
by 史郎
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まぼろしの
吾道之宮


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カテゴリ:幻の吾道之宮( 2 )

三部五鎮の霊宗道の「降霊際」

信濃国阿智村の阿智神社奥宮で、先日「降霊際」が行われました。

阿智神社は、思兼尊が神上がった「辞な洞」で、磐座があるところです。

さて、先代旧事本紀大成経には「五鎮三部」の神道なるものが説かれています。

三部の神道とは、宗源(カンツモト)・斉元(カンツイミ)・霊宗(カンツムネ)の三部五鎮の神道のことをいい、
宗源=神道神学と祝詞を意味し、(天児屋根命)
斎元=祭事の要領(ヌサなどの祓い具による祓い)を、(天太玉命)  
霊宗=霊覚を開き、神々と感応する方法を教える、(天思兼命=吾道家)  
とします。

このうち、霊宗(カンツムネ) は、天思兼命(吾道家) が伝えてきたと思われますが、吾道家のある伊那の地は、やがて藤原(中臣) が 天台の寺を隅々まで布陣し、その勢力と権力で吾道宮は消滅し、霊宗は簒奪されてしまったと思われます。
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ところで先日行われた「降霊際」は、本来誰もいない神殿で神職だけがする行法・祭祀ですが、近年の諸事情で「祀り」を「祭り」としたようです。

阿知女作法という神楽を舞う神事があります、
このアチメの神事は、原初(ア) の霊(チ) が芽吹いてくる(メ) さまを再現する神事であり、サルメが 神がかり状態になって踊り、神託を伝える行事です。

その中では、アチメが桶の上で 榊の杖を突くごとに、神官がヒフミを唱え、五色のひもを結ぶという所作が、宮中の神事にはあるとのことです。

これらの、いわば「秘伝三部の神道」の霊宗(カンツムネ) を伝えてきた吾道家は、「阿智神社」を三〇年間探し求めた東嶺和尚らが、天明元年(1781) に神供霊祭を行ったが故にその存在が世に知られるところなり、間もなく大御食神社に十一棟あった「吾道宮(神官の邸宅)」が焼失し、ついに吾道宮は滅亡しました。

しかしここに形だけではありますが復活したことは、今後の励みになります。
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by hansaki460 | 2016-07-20 18:56 | 幻の吾道之宮 | Comments(0)

幻の『吾道之宮』


古代六家「吾道(あち)・物部・忌部・占部・出雲・三輪」の筆頭『吾道家』は、「八意思兼尊(やこころおもいかねのみこと:阿智彦)」を祖とし、天照大神の時代から続いていた。


六世紀、推古天皇の命を受けた聖徳太子と蘇我馬子が著した『先代旧事本紀』の編纂時には、吾道家家蔵の記録を提出した。


文徳斉衡三年(856)、吾道之祝となった千幡彦のあとがなく、十世紀村上天皇の御代千幡彦の裔は 戸隠神社へ移ってしまう。


十四世紀、別裔(大御食神社社家) の「常方」が 阿智祝部に就き、吾道家を継いだ。


天明元年(1781)幕府から偽書とされた『旧事大成経』に基づく神供霊祭を東嶺円慈和尚の縁により修めた。


しかし翌天明二年(1782) 十一棟あった大御食神社神官の邸宅が焼失してしまった。


歴史から吾道家が消された瞬間でした。
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by hansaki460 | 2016-01-07 07:46 | 幻の吾道之宮 | Comments(1)