信濃國 大御食ノ社に伝わる神代文字で書かれた「美しの杜社伝記」を解明してます。
by 史郎
e0171497_18581696.jpg


HP
まぼろしの
吾道之宮


e0171497_1725895.jpg

   発売中



 今日も 応援クリック
 ありがとうございます

   にほんブログ村 歴史ブログ 日本史へ
   にほんブログ村 





ブログパーツ
以前の記事
2017年 01月
2016年 10月
2016年 08月
more...
カテゴリ
全体
やまと言葉
幻の吾道之宮
和歌姫 吾道彦
大御食神社社伝記
神代文字
古代文字便覧 
竹内文献 ホツマツタヱ 古史古伝
歴 史 秘 話
地方史から見た覇権の姿
一般
未分類
最新のコメント
唐・新羅進駐軍の唐側代表..
by 旅人 at 04:53
これが高学年の問題であれ..
by 通りすがり at 02:55
当方のブログに関しまして..
by hansaki460 at 07:23
三毛猫さんが書いているこ..
by moon33magic at 16:05
高良大社とは、朝鮮神社、..
by moon33magic at 11:25
その他のジャンル
外部リンク
記事ランキング
ブログジャンル


カテゴリ:やまと言葉( 8 )

実録 やまと言葉

古代文字で書かれた大御食神社の社伝記には、
二千年前のやまと言葉が記されています。


【年月の数え方】


三夜三日 (みよ みひ)
三年   (みとせ)
五日   (いつか)
五年   (いつとせ)
七夜七日 (ななよ ななひ)

十一日  (とまり ひとひ)
十一年  (とまり ひととせ)
十四年  (とまり よとせ)
十五日  (とまり いつか)
十六日  (とまり むひか)

二十年  (はたとせ)

三十二  (みそしあまり ふた)
三十八年 (みそじあまり やとせ)
三十九年 (みそじまり ここのとせ)
四十年  (よとせ)
四十二年 (よそじあまり ふたとせ)
四十八年 (よそじまり やとせ)
e0171497_5292930.jpg
【人数の数え方】
一人   (ひとり)
二人   (ふたり)
五人   (いつたり)
十一人  (とまり ひとり)
十九人  (とまり ここのひと)
二十一人 (はたまり ひとり)
二十二人 (はたまり ふたり)
三十七人 (みそしまり ななたり)

【寸法の数え方】
一尺   (ひと さか)
五寸   (いつ き)
八寸   (や き)

【その他】
二夜   (ふたよ)
三夜   (みや)
[PR]
by hansaki460 | 2016-08-01 05:30 | やまと言葉 | Comments(0)

地名「くなしり(国後)」島 は やまと言葉(日本語:大和言葉)

.
今朝、布団の中で森繁さんの「知床旅情」が頭の中で流れ出した。

~ ♪ 遙か くなしり(国後)に白夜はあける ~

・・・国後島の名前の由来は、Wikipediaによると、こうある。

アイヌ語の「クンネ・シリ(黒い・島→黒い島)」または「キナ・シリ/キナ・シル(草の・島→草の島)」からであるが、どちらが本当の由来かははっきりとしていない。
この島に先住していたアイヌ人はアイヌ語で「クナシル」と呼んでおり、日本語名もロシア語名も国際標記もこれに起源を持つ。



◆さて、くに【地・(土)・国】は、「天」に対して「地」、「都 (中央)」に対して「国 (地方)」をいう。

変態:「くぬ(地)」「くん(地)」「こ(凝・地)」

◆また、しり【尻・臀・後】は、離れた所。見えないところをいう。
「しり」は「しる(離る・退る)」の名詞形。

類語:「うしろ(後ろ)」「おしり(お尻)」「うら(裏)」
反対語:「まえ(前)」「さき(先)」

     ◇

「筑前」「筑後」、「備前」「備中(びっちゅう)」「備後(びんご)」、また「越前」「越中」「越後」など、前・中・後と云う語が付いた国がある。

京都から地方へ向かう時、入口を「くち=口」、途中を「なか=お腹」、奥を「しり=お尻」と呼んだ。

【こしのみち(北陸道)】は、京から見て順に、「こしのみちのくち(越前)」⇒「こしのみちのなか(越中)」⇒「こしのみちのしり(越後)」とした。

【かげとものみち(山陽道)】には、きびのみちのくち(備前)、きびのみちのなか(備中)、きびのみちのしり(備後)

つくしのみち(西海道)は、筑前・筑後
ひのみち(肥の道)は、肥前・肥後
とよくにのみち(豐國の道)は、豐前・豐後

     ◇

くなしりとう(国後島)は昔から、くに【地・(土)・国】の しり【尻・臀・後】のしま(島)と呼んだ。

・・・もちろんやまと言葉(日本語)なのである。


古事記に、
故大倭根子日子國玖琉命者。治天下也。大吉備津日子命與若建吉備津日子命。二柱相副而。於針間氷河之前居忌瓮而。針間爲【道口】以言向和吉備國也。

大吉備津日子命と若建吉備津日子命とは、二人で支え合って、針間の氷河之岬において、忌瓮を置いて、針間を【道の口】として、吉備國を言向け和した。

…とある。

後になって、【くち】を「前」と宛て字して「ぜん」と読ませた。

こうしてやまと言葉が置き換えられ、また「くなしり」という やまと言葉(日本語)が「アイヌ語」起源だと言う者が現れる。




しれとこ(知床)も、しりとこなのである。

しれは尻。
とこは【床・(底)】下にあるさま。沈むさま。一番下。床。底。
.
[PR]
by hansaki460 | 2014-12-28 18:24 | やまと言葉 | Comments(0)

日本語の常識 『汚名挽回』は、間違っていない。

放射性物質拡散予報図はこちらです
http://taikiosen.blogspot.jp/
 


汚名挽回」と言う日本語は誤りであると、まことしやかに言われる。

しかし、『三省堂国語辞典』編集委員で、『辞書を編む』の著者、飯間浩明氏はこう言う。



「挽回」は「元に戻す」という意味があるので、「汚名挽回」は「汚名の状態を元に戻す」と考えられ、誤用ではない。

これは『三省堂国語辞典』第7版に記述しました。
『明鏡国語辞典』もやんわりとですが、誤用と決めつけられないことを記しています。

「汚名挽回」の汚名挽回なるか、といったところ。



この「汚名挽回」誤用説はいつ頃から発生したか。
私の知るかぎりでは、1976年の『死にかけた日本語』(英潮社)の指摘が早いです。

それまで「汚名挽回」は普通に使われていたのに、これ以降、誤用説が強まり、今は肩身の狭い立場になった。

この本はけっこう影響力があり、やっかいな存在です。




「名誉挽回」「汚名挽回」の両方があることは、「元気回復」「疲労回復」の場合と似ています。

ですから「疲労回復」は、「汚名挽回」を理解するためにちょうどいい例だと思います。

つまり、「挽回」も「回復」も意味は一意ではなく、前に付く言葉によって変わるという理論です。

汚名挽回の場合は汚名のない状態に戻す、名誉挽回は名誉のない状態ではなく名誉自体を取り戻す、疲労から回復する、元気な状態に回復する。


色々考えるのは面白い。


     ◇


もうひとつ。


あをによし 奈良の都は 咲く花の にほふがごとく 今盛りなり

という、ヤマト言葉の歌を、

青丹吉 寧楽乃京師者 咲花乃 薫如 今盛有

と、漢字(万葉仮名)で宛字した。

そして、【あをによし】を「青丹吉」と宛て字したものを、わざわざ意訳して、

『あをに、は緑青(ろくしょう)で顔料につかっていた。「よし」はその産地をほめた言葉。』

などと、トンチンカンなことを学者先生は宣う。(^^



しかし、「奈良」に掛る枕詞 『あをによし』は、 『あなにやし』の変態で、“ なんと麗しや ” という意味。

古伝のホツマでは3文に「わなにやし」の形で出てきます。
  
「あな(甚)」+「にやし(熟し)」。
  
「なら(奈良)」は「なる(熟る/成る)」の名詞形で、“熟成したさま” を意味します。

「熟成」は「によ・にや」と同義です。



日本語の基層は【ヤマト言葉】であり、漢字なんかではありません。
(^^






[PR]
by hansaki460 | 2014-05-02 11:09 | やまと言葉 | Comments(4)

素晴らしいやまとことば【ひふみうた】

放射性物質拡散予報図はこちらです
http://taikiosen.blogspot.jp/
 


万葉集に、柿本人麻呂が詠んだとされる歌があります。

「敷島の 大和の国は 言霊の 幸はふ国ぞ 真幸くありこそ」
(日本は 言葉の霊が 幸運ぶ 我の言葉で 幸せにあれ)


また 古神道には、太祝詞「ひふみ…天地の歌」などの「数の理」があります。
それは、やまとことばの「数」にも、言霊が宿っているというものです。
(このことは、また機会がありましたら・・・。)


さて、日本の古来からの数の数え方が、「あめつちの数歌」というものに出てきます。

ひと、ふた、み、よ、いつ、むゆ、なな、や、ここノ、たり、もも、ち、よろづ。

この数の数え方は、古伝によるとまず、竹内文書の中の「上古第二十代天皇」にあたる「惶根王身光天津日嗣天日天皇」の項に、

「即位五十億年、イヤヨ月円五日、詔して四十七音文字言歌を作らせ給う。ヒフミ伝の始めなり」とあり、「ヒフミヨイムナヤコトモチロラネ……」

と神代文字により「ヒフミ神言」が記載されています。


また、物部の史書という『先代旧事本紀・天神本紀』に

ニギハヤヒ が、オシホミミ の勅命を受けて天孫降臨するとき、ニギハヤヒ に「十種の神宝」を授け、

「もし痛むところあらば、この十宝(とくさのたから)をして、
一(ひと)、二(ふた)、三(み)、四(よ)、五(いつ)、六(む)、七(なな)、八(や)、九(ここの)、十(たり)
と言いて布瑠部(ふるへ)。ゆらゆらと布瑠部。
かく為(な)せば、死(まか)れる人は返りて生きなむ」


と詔したとある。

     ◇

では、数の言霊(ことだま)とは、どう理解したら良いのか?

言霊の波動とか、霊的な意味について、私は門外漢ですが、言葉の意味を考えて見ました。


1:ひ・ひと(秀・至) 
他にはないこと。他に逸れないさま。一途なさま。(心に)合わすさま。起こり。始まり。現れ。陽+陰。顕現。

2:ふ・ふた・ふつ 
合うこと。合わすもの。隔たりを詰める(塞ぐ)もの。陽陰が合うこと。陽陰が揃うこと。

3:み・みつ 満つ (父と母と子)
充つ・満つ・・全つ・実つ

4:よ・よつ
「よつ」は「よつ(弥つ)」の名詞形。「熟つ」
「高める・勢い付ける・栄す・熟れさす・優れさす・勝らす・至らす」などの意。

5:ゐ・ゐつ     
(放つ)・出づ・射つ

6:む・むつ
(睦つ)・生つ・産つ・(結つ)・満つ・全つ・悉つ

7:な・なな・なん  
離す・放つ・高める・勢い付ける・栄す・熟れさす・優れさす・勝らす・至らす

8:や・やつ
「やつ」は「やつ(弥つ・熟つ)」がそのまま名詞になったもの。

9:こ・ここ・く 
「ここ」は「こく(上く・高く)」の名詞形。
上・高・輝・貴・高貴・究極・円満・中心。

10:そ・と・とお 十・(達)
「とお」は「とふ(逹ふ)」の名詞形。
「達する・至る・満ちる」などの意


大きな意味があるだろうことは、感じられます。


ほつまつたゑ 解読ガイド http://gejirin.com/index.html を、参考にしました。







[PR]
by hansaki460 | 2014-02-02 12:24 | やまと言葉 | Comments(2)

陰陽五行説の起こりは、日本の【ホツマツタエ】にある。

放射性物質拡散予報図はこちらです
http://taikiosen.blogspot.jp/


日本の古伝「ホツマツタエ」では、大宇宙の根源の意識・創造主を【アメノミヲヤ(天御祖)】といい、大宇宙にあるすべての意識 (魂魄) はアメノミヲヤから分かれて独立したもの (分け御魂)と説明する。

大宇宙の根源のエネルギーは、サムシンググレイト(アメミヲヤ) の ウイノヒトイキ(=原初の生みの意志)により、

(1) 陽と陰に分離し、

(2) 陽は 空・風・火に、
    陰は 水・埴(土)に分れて(=分け御魂)独立したとされる。

( ★ これが陰陽五行説の原型で、大陸に伝わり発展した。)

     ◇

アメミヲヤを中心(中御座)に、【ト・ホ・カ・ミ・ヱ・ヒ・タ・メ】の八神霊(天元神)を位置し、ト:南、ホ:東北、カ:西、ミ:東南、ヱ:北、ヒ:西南、タ:東、メ:西北、を守らせ、また方位神ともされた。

また、
【ヱの尊】と【トの尊】は日本にあって、始めは
【ヱの尊】が [ヲウミ(近江・中央部)]の中央政府を治め、
【トの尊】が [トシタ国=ホツマ国(日が発する東国)] を治めた。
 そして以後、【ヱの尊】と【トの尊】は、交代で世を継いだ。

因みに、【ヱ】の系統が、イサナギ・イザナミの系統で、【ト】の系統が、高皇産霊神の系統である。(この項つづく)

     ◇

【ヱの尊】と【トの尊】の後に、天御祖の顕現として天御中主が人間として生まれ、やがて裔「クニトコタチ」の分け身の「トシノリタマメ(歳徳玉女)」は、「ヱト守り」としてヤマサ神をうんだ。

ヤマサ(八将神)は 地の十一神から分れ出て、人々の生活 (衣食住) を 火水風の災いから守るために、分担して八方位についた。

1.ウツロヰ (空)  2.シナトベ (風)  3.カグツチ (火) 
4.ミズハメ (水)  5.ハニヤス (土)  6.オオトシ (豊作) 
7.スベヤマズミ (山)  8.タツタメ (鎮火・鎮浪) 

がそれである。

    

ウツロヰ (空)は、「ウツロヰのヲマサ(大将)」とも呼ばれ、これが「大将」と解釈され「大将軍」となった。

平安京ができたときに桓武天皇は、王城鎮護のために平安域の四方に将軍塚(大将軍社)を築き、王城の鎮護とした。
大将軍神社のほとんどは、祭神を「大将軍」=素盞鳴尊としているが、後の時代の改変である。


     ◇


また、白川流神道では「三種の祓」と云うものがある。

三種とは、天津神・国津神・蒼氓(人々)をいい、それぞれの穢れを祓った。

「吐普加身依身多女(ト・ホ・カ・ミ・ヱ・ヒ・タ・メ):天津祓
 寒言神尊利根陀見(カンゴンシンソンリゴンダケン):国津祓
 祓ひ玉ひ清め給ふ(ハラヒタマヒキヨメタマフ)」:蒼生(あおくさ)祓

ホツマツタエが、厳然として現代に伝えられている証なのである。


     ◇


陰陽五行説、八卦、陰陽道や方位学などは、通説では大陸が発祥であると云うが、何のことはない、日本の文献を調べれば自明の理、日本が発祥なのである。(この項続く)


日本の古史古伝は神代文字で伝えられてきたが、これら日本の古代を抹殺したものは、白村江の戦いで敗れた後、近畿地方では一時的に言葉が変わり地名も好字二字化が進められたように、唐の進駐軍の仕業である。

だから天武天皇即位後には、万葉仮名で描かれた地名が漢字表記とされ、上代特殊仮名遣いの消滅がおこったのだ。

この頃に神代文字が焚書され、我が国の歴史書は漢文で書かれるようになった。





[PR]
by hansaki460 | 2013-11-16 13:36 | やまと言葉 | Comments(0)

素晴らしいやまとことば【ほむら(炎)】(大和言葉)

放射性物質拡散予報図はこちらです
http://taikiosen.blogspot.jp/


『炎立つ』(ほむらたつ)というNHK大河ドラマが、20年前に放映されたことがある。

奥州藤原氏の開祖・経清、初代・清衡、第3代・秀衡と4代・泰衡の時代を描いたドラマだった。

ここでは「炎」を「ほむら」と読んでいる。
いやこれは正確ではない。

やまとことばは、漢字が入る前からある言葉だから、「ほむら」に「炎」の字を宛てたというべきだろう。

だから今では、ほむら=炎、という概念(語彙)しか思い到らない。



では「ほむら」とは、どのような言葉だったのか?

「ほむら」は「ほ・むら」と考えられる。

「ほ」は「火」 
「むら」は「村」で、「むらと(村戸)」とも言うが、これは中央(あふみ=アワウミ(淡海:央海))に対して、「対」の意がある。

だから、脊柱の両側にある腎臓を「ムラト」と言う。
(※村戸は「腎」、つまり人の内臓器官、人智を司る器官のことだとされる。 腎臓の古称。一説に、心)



★万葉集から

万葉集巻四 集歌773 大伴 家持

事不問 木尚味狹藍 諸●(弟に草冠)等之 練乃村戸二 所詐來
【こととはぬ きすらあぢさゐ もろとらが ねりのむらとに あざむかえけり】

【事問はぬ 木すら味狹藍 諸●(弟に草冠)等が 練のむらとに 詐むかえけり】

ここでの「むらと」は、人の『心』のことを言っているようだ。



★古伝【ほつまつたえ】から

『臣 常に人の息為を 考えば 騙すは肺 色 腎(むらと)  盗めば肝へ 損なえば 驚く中子 見目に知る』17文

君に仕え民を治める者は、常に人の呼吸(生き様)を考えば、騙すは肺へ、色ごとは腎(むらと)へ、盗めば肝へ(影響し)、損なえば驚く中子(=心臓=こころ)に現れる。

だから、「色情に溺れると 腎(むらと)を損なう」と言っている。


だから・・・

【ほむら】とは、【恋のほのお】のことを 言っているのかもしれない。(^^


          ◇


こう見てきたうえで、『炎立つ』の【ほむら】と読ませる題名が適当であったかどうかを考えて見ると、何時間も、いや何日も楽しめる。(^^


こと程左様に日本語は、やまとことばに 漢字がインストールきされ、途中オランダ語などが上書きされ、今では英語も、どんどんと上書きされている。

だから今、バラエティー番組などで漢字の書き方などをやっているのを見ると滑稽だが、検定などと皆一生懸命に楽しんでいる。


しかし、日本人のこのレベルの楽しみを、かの国ではまるで生き死にの問題のように必死だ。

本当の歴史認識というのは、万年前からの「やまとことば」が生きて居る我が国ににこそ存在しているのではないだろうか?という気がする。

【古代文字便覧】古代文字と漢字の関係 http://c23.biz/sgj3
e0171497_9321175.jpg






[PR]
by hansaki460 | 2013-11-06 09:23 | やまと言葉 | Comments(0)

「やまと ことのは」 と 「ひふみうた」


日本には、古来から(漢字が入る前から)文字があった という前提で書いています。(^^)


源氏物語』 に、「やまと ことのは」(大和 言の葉)について次のような例が あります。

・・・・長恨歌の御絵、亭子院の かゝせ給て、伊勢、貫之に 詠ませたまへる、大和言の葉をも 唐土(もろこし)の歌をも、たゞ その筋をぞ 枕言(まくらごと)に せさせ 給ふ。

桐壺に先立たれた帝が、白居易作の 『長恨歌』 の内容をあらわした絵を 眺めていた場面で、その絵に 添えられた和歌を 「大和言の葉」 と称し、「唐土の歌」 すなわち 漢詩と 対照させた表現です。

つまり、【大和言の葉をも 唐土(もろこし)の歌をも、】 とは、「日本のものであろうと 唐土のものであろうと」、という意味です。

また、「やまとことば」、「和語」、「和歌」は、同じ意味で使われた例が見られます。



さて、数詞(すうし)とは、数を表す語ですが、日本古来からの数詞に 「ひふみうた」 があります。


やまとことばの 数詞は、以下の通り。

ひとつ、ふたつ、みっつ、よっつ、いつつ、むっつ、ななつ、やっつ、ここのつ、とう

ひ、ふ、み、よ、いつ、む、なな、や、ここ、とう  ・・・とも。
e0171497_692840.jpg



また 日月神示には、『水の巻』 第二帖に、

「ひふみ よいむなや こともちろらね しきる ゆゐつわぬ そをたはくめか うおえ にさりへて のますあせゑほれけ。 一ニ三(ヒフミ)祝詞であるぞ」

 ・・・ と記されてあります。


この意味について、吉田伸啓氏は 以下のように解説しています。

  ひふみよ  いむなや  こと もちろ
  一二三四 五六七八 九十百千万

  ら ね  しき るゆゐ
  蘭根 敷き 縷結い

  つわぬ   そ を た  はくめ
  強 ぬ  襲を 多  育 め

  かう お えにさり
  交う悪 穢に去り

  へての  ますあせ
  辺天の  枡 畦

  ゑ ほれ け
  ゑ 掘れ け

・・・・ いかがですか? 

熊本県 阿蘇郡の 幣立神宮の 五色人祭の一連の神事の中で 「ひふみの舞」 が奉納され、その舞は 上記の解釈と、内容が ぴったり一致していると いいます。


弊立神宮に 私は行っていませんが、行った友人の話によると、とても不思議な体験をしたと 言っています。

また、社伝によると かなり古い起源だと言うことです。


漢字が入る前から、日本には 文字があり、すばらしいやまと文化があったと、私は考えています。(^^)
[PR]
by hansaki460 | 2012-07-11 06:07 | やまと言葉 | Comments(1)

素晴らしい大和言葉(やまとことば) 【のぞみ】

.
東海道・山陽新幹線「のぞみ」の名を付ける時のことでした。

当時JR東海の社内で「スーパーひかり」の採用を回避しようと選考の中、有力候補の中に「きぼう」があった。

その時、名称の選考委員だった阿川佐和子さんが、列車好きの父・弘之さんに相談したところ、「日本国鉄の列車の名前は 歴代すべて大和言葉でつけられてきた」

とアドバイスをされ、それまで有力候補になっていた「希望」について、「大和言葉にすると『のぞみ』すね」と言った言葉で、最終的に新幹線の名称として決定された。

・・・という話を、本人がTVのインタービューで語っているのを聞いた事があります。

いい話だな・・・と思ったものです。

    ◇

【とつくに】

 外(と)つ国にありて・・・

 外国のことを、外つ国と言いました。

 とつくに → 外(と)つ国 → 外国 → がいこく

 みごとに 『やまとことば』 が 消えてしまいました。^^;


    ◇

【もとほり】

という言葉があります。

大辞林では、同じ場所をぐるぐるまわる。徘徊(はいかい)する。 もとおろう。 たもとおる。

 ・・・・とあります。


ならやま(平城山)  ・・北見志保子

 人恋ふは悲しきものと  平城山(ならやま)に

     もとほり来つつ  たえ難(がた)かりき
     ~~~~~



また、伊那谷・大御食神社の古代文字で書かれた社伝記に、日本武尊が詠った歌があります。

 御食津彦の乙女 一人あり、名を 押し姫と 云う。  

 尊 いと愛で 給いて、三夜 御座(おはし)ませり。

 別れに臨みて 歌いて 詔り給はく、

「二夜三夜、二人寝しかも、飽かずかも。 美し乙女 愛(あ)しけやし。

 居立ち 廻(もとほ)り、愛(は)しけやし 乙女。」
    ~~~~~~~~


やまとことばが、今でも生きています。

    ◇

【ひふみ歌】

  ひふみよ いむなや こともちろ
  一二三四 五六七八 九十百千万


  らね しき るゆゐ
  蘭根 敷き 縷結い


  つわぬ そを た はくめ
  強 ぬ  襲を 多  育 め


  かうお えにさり
  交う悪 穢に去り


  へての ますあせ
  辺天の  枡 畦


  ゑ ほれ け
  ゑ 掘れ け


  数  古代~   現代語

  1  ひとつ   いち     一
  2  ふたつ   に      二
  3  みつ    さん     三
  4  よつ    よん(し)  四
  5  いつつ   ご      五
  6  むつ    ろく     六
  7  ななつ   なな(しち) 七
  8  やつ    はち     八
  9  ここのつ  きゅう(く) 九
  10  とを    じゅう    十

 100  もも    ひゃく    百

 1000  ち     せん     千
 
10000  よろづ   まん     萬

   ( ) = 呉音

    ◇

【やまとことば】

漢字が伝わる以前から日本で話されていた言葉が『やまとことば(和国語・固有語)』です。

わが国に漢字が入ってきて、それぞれの漢字に訓読みをつけていくことによって、語彙の豊富な大和言葉が整理され、上代語として発展します。

すなわち、漢字は当て字だった訳です。



日本古来の 神道の祝詞(のりと)は、全て 大和言葉で構成されています。

 「大海原」  は 「おおわだのはら」
 「長寿人」  は 「ながひと」
 「家族親族」 は 「うからやから」
 「最愛子」  は 「まなご」
 「恩頼」   は 「みたまのふゆ」、
 「前世乃縁」 は 「さきつよのえにし」
 といった具合で、とても優美な響きをもっています。

 「小学校」  は 「すないまなびどころ」
 「中学校」  は 「なかのまなびどころ」
 「女学校」  は 「おみなのまなびどころ」
 「教授」  なら 「おしえびと」
 「博士」   は 「おしえびとのおさ」
 「警視庁」  は 「いましめのつかさ」、
 「裁判所」  は 「ただすつかさ」


    ◇

山上憶良は

  「神代より 言い伝て来らく そらみつ大和の国は
              天皇(すめかみ)のいつくしき国 

        言霊の幸はふ国と 語り継ぎ 言い継がひけり…」


  と謳っています。
[PR]
by hansaki460 | 2011-01-08 15:56 | やまと言葉 | Comments(1)