信濃國 大御食ノ社に伝わる神代文字で書かれた「美しの杜社伝記」を解明してます。
by 史郎
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HP
まぼろしの
吾道之宮


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カテゴリ:一般( 157 )

夜はもう虫の声が・・・自然は正直だ。

放射性物質拡散予報図はこちらです
http://taikiosen.blogspot.jp/


伊那谷の朝の気温が、いつ頃からか 20℃前後になっている。

いつも盆が開けると決まって虫の声が聞こえてくるから、今年も間違いなく16日には虫の声が聞かれるはずだと思っていたら、はたして聞こえてきた。

夜八時頃まで26℃のドライに設定したままのクーラーの室内で、音楽を聴きながらnetをしていた。

風呂に入ろうと窓を開けたら、外気の方が涼しい・・・。(^^;

そして虫の声が・・・・。
しばし外へ出てその声を堪能した。

自然は正直だと、ほっとした。(^^


          ◇


中川村大草の「風の三郎神社」のことを、先日日記に書いた。

・やはり、伊那谷は「風の谷」だった!
http://utukusinom.exblog.jp/20762533/

送り盆をしたあと思い立って、中川村と、足を伸ばして大鹿村にある「元諏訪大明神」の「葦原神社」へ行ってきた。

「風の三郎神社」から少し下った村はずれに、外からはそれとすぐには気づかない喫茶店があった。

中に入ると、気のいい30歳前後の若い夫婦がコーヒーを入れてくれた。

早速に神社の話を始めたが、どうしても私の独演になってしまった。(^^;

それでも大きな収穫があり、満足して大鹿村へ向かった。


「葦原神社」の帰りに道の駅に寄って、大鹿村でとれる幻の大豆「中尾早生」で作る、一丁 500円の大鹿豆腐を買って帰ってきた。

豆腐工房塩の里
http://iimachi.net/ms/42/

それを肴に一杯やりながら虫の声を・・・。
いや、まだクーラーの効いてる部屋の中だった。
(^^;


・・・・・もう秋の気配がする伊那谷だ。
.

by hansaki460 | 2013-08-17 09:48 | 一般 | Comments(2)

山をなめたらイカンずら!



放射性物質拡散予報図はこちらです
http://taikiosen.blogspot.jp/



伊那谷の子供たちは、中学生になると必ず学校で集団登山をする。

その多くは、中央アルプスの木曽駒ヶ岳(2,956m)だ。

もちろん私も登ったし、子供たちも登った。そして私の亡き両親も・・・。

登山が近づくとカバンの中に重石を入れて学校に通い体を慣らす。

付き添いには、父兄の中から登山のベテランが各クラスに付く。

早朝、まだ暗いうちに学校を出る。家族総出で見送る。

毎年、PTAをはじめ全校あげての行事だ。



木曽駒ヶ岳は、山岳遭難事故を題材とした新田次郎の小説『聖職の碑』で有名になった。

当然その話を学ぶ。

そして、健常者でもつらい登山を、中学生同士が励まし合いながら、体の弱い友達の荷物を分け合い担いで登る。

山頂での感激は、一生の貴重な思い出として、胸に刻まれる。

そしてその苦しかった経験は、それを乗り越えた時に得られる素晴らしい感激の経験と共に、それからの人生の励みになる。


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          【写真】桧尾岳

だから・・・・。


『登山客で同市の加藤典子さんは8人のうちリーダーとみられる男性が「みんな、別れた」と言っているのを耳にした。
8人は30日朝に下山。険しい表情でうつむき、報道陣の呼びかけには答えず足早に県警駒ケ根署に向かった。』

という記事に、怒りを覚える!

行動は、共にしなければ・・・・。



山男はやさしい。

何故か?

自然の前には人間なんか、たち所がないと言うことを知っているから・・・。


山を、自然をなめたらイカンずら!




by hansaki460 | 2013-07-30 16:44 | 一般 | Comments(0)

今年は残雪が・・・。

放射性物質拡散予報図はこちらです
http://taikiosen.blogspot.jp/



今年の残雪は、普段より多い気がする。

蝉も未だ鳴かない。

なにか、変な気がする。  天変地異でもあるのかな?



追信

今日(7月22日)散歩に出たら、耳を突き破る様な 蝉の鳴き声がしました。

昨日まではなんだったのでしょうか?(^^;



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梅雨明けの駒ヶ岳カール


by hansaki460 | 2013-07-20 19:17 | 一般 | Comments(3)

そこここにいる菩薩たち。

e0171497_134136.jpg私が所属するあるSNSの仲間のブログを紹介します。
介護を職とする彼女は、本当のプロです。私には、菩薩に思えます。

【ある日のブログ】

「何時死んだ!!!」

毎日、お世話をする95歳K氏、毎回違う形で攻めて来る(^^)。昨日は最初から超不機嫌、相手をせず黙って台所で仕事をしていたら、プイっと居間へ移動した。

しばらくして、居間で「何だ!!この写真は・・・!!!」と喚いている。
台所へ足音荒く来ると「ばあさん、何時死んだ!!!!」
しばらく呑み込めず唖然、頭の中で????そうか、仏壇の中の奥さんの写真を言うのかと納得、

「10年前ですよ」
「ナニオ--!!さっきまで居たじゃないか!!」

もう話にならないので、せっせと台所磨き、文句を言う為に文句を言う材料を探し、返事に文句を付けるパタ-ンだ。
毎回違うパタ-ンで来るので、それなりに対応するが今日は捻って来た。

つづきを読む
by hansaki460 | 2013-07-04 09:19 | 一般 | Comments(0)

犬のこころ はじめてのバイバイ

e0171497_134136.jpg犬のカウンセラーらが ある時、難病の子供をかかえる家族 50組を 温泉に招待して、子供たちには 犬たちとのふれ合いを 楽しんでもらい、親御さんたちには、しばしの憩いと安らぎを味わってもらおうという趣旨の イベントを開催しました。

親御さんたちが 温泉を楽しんでいる間、子供たち50人には 50頭の犬たちとのふれ合いが 始まりました。

子供たちは 難病の子ばかりなので、言葉も充分に発することが出来なかったり、身体を満足に動かすことさえ出来なかったりと、さまざまな子が いたそうです。

それでも皆、この新鮮な出会いを 喜んでいたそうです。
その中で一人だけ、犬とのふれ合いから離され、無表情なままの子がいました。
その子は 重い自閉症で、笑いもしないし、泣きもしない。

つづきを読む
by hansaki460 | 2013-06-18 00:35 | 一般 | Comments(0)

父と子の話

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父と子の話


CSで、“ALWAYS 三丁目の夕日 を、何回も放映している。

何回見てもいい。
赤の他人の 父と子が、道の真ん中で抱き合う話が、泣かせる。
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森繁久彌氏の エッセイに、『 父と子 』 と言うはなしがあります。

森繁氏の友人の F 氏から、
「中学生の坊主が どうにも手のつけようがない。 家内も私も サジを投げた。 一度 説教してもらえないか?」
と、頼まれた というのだ。

森繁さんは せっかくの話だったが、辞退をして、話は話のままで終わったと言う。

つづきを読む
by hansaki460 | 2013-06-07 20:07 | 一般 | Comments(4)

ブログ 雑感^^

 
雑感


暑さ寒さも彼岸までといいますが、4月に入り信州高遠の桜が咲いてから雪が降ったことが昔ありました。それに似た今日この頃の信州は、まだ寒いです。^^

思えばこのブログを立ち上げたのは、2009年の2月でした。
リタイアして、郷土史を探究しながら古代の歴史の勉強を始めました。

郷土史研究家という場合は、学問の世界ではない、いわば学者ではない在野の素人の人という意味合いです。(^^)
ですから、ある程度自由にものが言えます。好きなことを書いてもそれは笑って読んでもらえます。

信州駒ヶ根は養命酒のTVCMで見たことがあるかもしれませんが、実に良いところです。
その近くにある 大御食(おおみけ)神社 に伝わる古代文字、神代文字とも言いますが、その中のアヒル草文字と言う文字で書かれた社伝記を調べました。
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そうして HP を立ち上げ、古代文字便覧 を完成させ・・・。

そうしているなか、3.11が起きて、ブログで放射性物質 拡散予想図を掲載しはじめて、過去に2回掲載を辞めますと言いました。

しかし、その都度多くのコメントに引き留められて(^^;)、先日は二年経ったところで、黙って辞めました。
そしたら事故で、またまた再開。^^

私は原発の近くにはいないので、臨場感がありません。
その意味で少し無責任ではありますが、もう放射性物質の拡散は無視できるのでは無いか?と、私自身が思っているところがあります。

しかしそれでも多くの心配な方が、このブログを覗いてくれていると言う事実がある以上、続けてきた責任も感じています。

閲覧数は当初一日に3万件くらいありましたが、今はそれでも30分の1くらいあります。
それだけご心配の方がおられる訳で・・・・。

3度目の正直で、暫く続けます。^^

.
by hansaki460 | 2013-03-21 15:38 | 一般 | Comments(5)

「こんな女に 誰がした」 今日そこで起きてる 哀しい話だ!

「こんな女に 誰がした」
今日そこで起きてる 哀しい話が!



今日のニュースにあった。

動画サイトでわいせつ行為を“生中継” 家出少女が視聴者に発したSOS
http://sankei.jp.msn.com/top.htm

17歳の少女にとって、異常な日々はとっくに限界に達していたに違いない。
毎晩のように、インターネットの動画サイトで、少女にわいせつな行為を“生中継”させていた男3人が2月、警視庁に児童買春・ポルノ禁止法違反容疑で逮捕された。
事件発覚の端緒は、生中継中に少女が視聴者らに発信したSOSのメッセージ。
頼る相手のいない家出少女の弱みにつけ込み、男らは毎月100万円の暴利をむさぼっていた。

・・・・・
「家出をして、行く場所がなかった。ここなら食事が1日3回食べられて寝られるし、暴力もないから…」。
急転直下の展開に動揺を隠しきれない少女は捜査員にこう話した。

あまりにも哀しい、・・・哀しい話だ。

私は、2010年01月「こんな女に 誰がした」という日記を書いた。
再び掲載させていただく。

          ◇

まだ若い頃、
『 「 こんな女に誰がした 」 と言う歌があるが、自分でなったんだ。』
と 話す人達が いました。
私はずっと、その言葉が 心に引っかかっていました。

そんなとき、ラジオだったか、本だったか定かではないけれど、この歌ができたエピソードを知りました。
最近ネットで探したら、やはりありました。

子供の虐待死や、派遣村の事が話題になっている昨今、戦後の混乱期に こんな事もあったんだと、紹介させていただきます。

《引用》

昭和22年12月 「星のながれに」 は発売されました。
このうたの元の題名は 「こんな女に誰がした」 でした。 しかし作詞家・清水みのるが固執した題名は、GHQから日本人の反米感情をあおると クレームがついたのです。
清水がこだわった 「こんな女に誰がした」 には、戦争で転落を余儀なくされた 女たちの、悲しみと恨みが 込められていました。

昭和21年8月29日の 毎日新聞に こんな記事が掲載されました。
投書記事の 題名は 『転落するまで』、世田谷在住の 長谷乙女 なる女性のものでした。

     ◇

私はこの三月中旬、奉天から引き揚げてきました。
着の身 着のまま、それこそ 何一つ持ってこられなかったのです。
私は二十一歳です。
奉天では 看護婦をしておりましたが、今でも 免状だけは持っております。
東京についたものの、誰を訪ねてゆけばよいか、行先がありませんでした。

本籍は新潟ですが、両親はなく 遠い親戚が あるとのことですが、どうなっているのか わかりません。 だから、東京で働くより他に 方法はありませんでした。

やっと他人様のお世話で 女中奉公の勤め口がみつかり、やれうれしやと思ったのも束の間、そこは 待合であったのです。
けれども、待合であろうと 何であろうと、食べていくことができるのですから、一生懸命働きました。

ところが、二週間位たったら、そこの女将さんから、「芸者になれ」 とすすめられました。
しかし、私は三味線がひけるではなし、唄えるわけでもないので 断りましたが、女将さんは 「それで結構だよ」 といって、それよりも嫌なことを押しつけようとしました。

私は驚いて、即座にその家を飛び出しました。 風呂敷ひとつを持って・・・・・・。
けれども、勤め口はありません。
乏しいお金もなくなったので、旅館を追われ、上野の地下道に来ました。
ここを寝所にして、勤め口をさがしましたが、みつからず、何も食べない日が 二日も続きました。

すると、三日目の夜、知らない男が 握り飯を2つくれました。 私は貪り食べました。
その男は翌日の夜もまた おにぎりを2つ持って来てくれました。
そして話があるから 公園まできてくれといいました。 私はついてゆきました。

その日はたしか六月十二日だったと思います。
それ以来私は 「闇の女」 と 世間からさげすまれるような商売におちてゆきました。
・・・・(原文ママ)

     ◇

これを読んだ 作詞家の清水みのるは 頭を殴られたような 衝撃を受け、戦争の裏に隠された 人間の悲惨さ・哀れさ、そしてその衝撃は 戦争への怒りと繋がっていきました。

清水は 叩きつけるようにして、その日のうちに一編の詩を書き上げ、同じ音楽仲間で、テイチク所属の作曲家の 利根一郎に 作曲を依頼します。
利根も、清水の想い、そして詩に共感し、自ら上野近辺に足を運ぶなどして、曲を書き上げます。

利根は 出来上がった作品を 同僚の 細江徳二へ見せました。
細江はその作品を見て、涙をこぼし、「俺に担当させてくれ」 と一言。

「私はいやよ」 と 淡谷のり子に 断られた後、テイチクのディレクター細江徳二は、昭和22年夏、菊池章子のアパートを訪ねました。

「こういう歌が あるのですが、どうですか?」
章子は 「何で私が そんな歌を 歌わなきゃいけないの」 と不快に。

「作品を見てから 決めて欲しい」
そう細江に言われ、しぶしぶその詩に目を通すと、章子が抱いていたイメージを覆す 戦争の犠牲になった女の哀しみ そのものでした。

「細江さん、私やってみるわ」
章子の返事に 細江は胸に こみあげるものがあった。
実は 歌い手を得るまでに 1年の歳月が経っていたのです。

作詞家・清水みのるは 1960年代に入ると、詩作や福祉活動に 積極的にかかわり始め 広島県呉市の 児童養護施設の子供たちを、詩を通じて 9年間も励ましていた。

清水は 投書の女性を案じ続け 「いくばくかでも、印税を差し上げたい」 と マスコミの協力で 何回も探し回った。
名乗り出るはずなど なかった・・・・・。

《引用終わり》

・菊池章子 星の流れに 
https://www.youtube.com/watch?v=iZ-IB-CJmNU

.

.
by hansaki460 | 2013-03-10 19:32 | 一般 | Comments(0)

「隕石をUFOが破壊した」説が浮上


「隕石をUFOが破壊した」説が浮上している(ロシア)


ロシア・チェリャビンスク州で15日の朝に隕石が落下し、1500人のけが人を出した事件で、上空での爆発の直前に、謎の光が斜め後方から隕石を貫通する動画がネット上に出ている。
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この動画がフェイクでなければ、「謎の光」は未確認飛行物体かもしれない。
実際に、この考えを裏付ける情報がいくつかある。

ロシア連邦気象観測環境監督庁は隕石落下の前日夜に、チェリャビンスク地方の空で、「光るループ」が観測されたと発表している。

これに加えて、同庁は「爆発には強い化学的なにおいが伴った」と指摘し、「チェリャビンスクに落下したのはUFOである」との見解を示している。

          ◇

The Voice of Russia(ロシアの声)
チェリャビンスク近郊の隕石 UFOによって撃墜か【動画あり】


ロシアのブロガーたちは、ウラル上空における隕石落下の新たな映像を掲載している。

それによれば、何らかの物体が隕石を追跡しており、それを貫通した後に急速に離れていった様子が指摘されている。

これは視覚効果によるものでもなければ、モンタージュでもなく、隕石とUFOの衝突が隕石の空中爆発の原因となった可能性がある。

もしも隕石が地表に達していた場合、その被害はかなり甚大だったことが予想される。

専門家らは、隕石を「貫通した」のが何物であるのか調べている。

対空防衛システムおよび対ミサイル防衛システムのミサイルではなさそうだ。

UFOだろうか。
この問題を解く鍵となる新たな映像が見つかる可能性もある。


by hansaki460 | 2013-02-20 17:42 | 一般 | Comments(0)

今日、2月11日は「建国記念の日」

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今日、2月11日は「建国記念の日」

日本の国は建国以来 2,673年目を迎える。

西暦は、キリスト生誕を持って基準としているが、日本で言えば 神武天皇が国を開いたことを基準として、「皇紀2673年」となる。

          ◇

「中国4000年の歴史」と言うが、実際 中華人民共和国の歴史は 60年。

大陸では、漢民族・満州民族・モンゴル民族が、それぞれに興亡を繰り返し、だから実は『文化の連続性』は無い。
あったのは、前国家の影響だけなのだ。

栄華を極めた古代ローマ帝国ですら、永遠に続くものではなかったが、いまでは多くの国がその正統性を、ギリシャ~ロ-マに求める。

現在の大国アメリカでさえ200年余りの歴史。


過去200年の間、全世界に210カ国あった国家のうち60カ国(28%)以上が消滅しているという。

アジアでは、清、中華民国、満州国、内モンゴル、東トルキスタンなど。

ヨーロッパ系ではオーストリア=ハンガリー帝国、ロシア帝国、オスマン帝国、ソ連、東ドイツなど。

そのうち何と51カ国が近隣の国からの侵略によって消滅している。
これが世界の現実なのだ。


18世紀末にナポレオンに降伏したベネチアという国があった。

17世紀イタリアの北東部にあったベネチア共和国は、ヨーロッパでも最強と言われ、地中海の海上都市として栄えたが、国家の成熟と共に子供の数も減り、かつ軍事的にも衰退し、ついにベネチア共和国は 滅んでしまった。

国家が消滅した理由は、自国の歴史に誇りを失ったことと、夢を失ったからであると、識者は後世に指摘してる。

          ◇

日本の国は、神武天皇以来、現在の今上天皇まで、万世一系で貫かれ、一貫してその文化伝統が確実に伝承されて来た、世界に類のない国家である。

鎌倉時代の元寇や、幕末の西欧列強の植民地支配、日露戦争があり、先の大戦では、敗戦という歴史を経て、しかし経済大国にまで復興を遂げた。

私は素直に、国の弥栄(いやさか)を三唱する者である。

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  弥栄(いや~さか)!

       弥栄(いや~さか)!

            弥栄(いや~さか)!


 
by hansaki460 | 2013-02-10 07:43 | 一般 | Comments(4)