信濃國 大御食ノ社に伝わる神代文字で書かれた「美しの杜社伝記」を解明してます。
by 史郎
e0171497_18581696.jpg


HP
まぼろしの
吾道之宮


e0171497_1725895.jpg

   発売中



 今日も 応援クリック
 ありがとうございます

   にほんブログ村 歴史ブログ 日本史へ
   にほんブログ村 







google36ed5a3dddf221d0.html

google.com, pub-3712853130935958, DIRECT, f08c47fec0942fa0
ブログパーツ
以前の記事
2017年 12月
2017年 11月
2017年 10月
more...
カテゴリ
全体
やまと言葉
幻の吾道之宮
和歌姫 吾道彦
大御食神社社伝記
神代文字
古代文字便覧 
竹内文献 ホツマツタヱ 古史古伝
歴 史 秘 話
地方史から見た覇権の姿
一般
未分類
最新のコメント
かるいざわ かるいさわ ..
by kuwahara at 11:56
唐・新羅進駐軍の唐側代表..
by 旅人 at 04:53
これが高学年の問題であれ..
by 通りすがり at 02:55
当方のブログに関しまして..
by hansaki460 at 07:23
三毛猫さんが書いているこ..
by moon33magic at 16:05
その他のジャンル
外部リンク
記事ランキング
ブログジャンル


”美社神字録”の秘密を解く[2] ”建御名方神のこと”

美社神字録”の秘密を解く[2]
”建御名方神のこと”


建御名方神は、日本神話に登場する神で『古事記』に大国主の子として登場し、建御雷神、経津主神と共に三大軍神の一柱に数えられており、『梁塵秘抄』にも「関より東の軍神、鹿島、香取、諏訪の宮」とある。
風の神ともされ、元寇の際には諏訪の神が神風を起こしたとする伝承がある。
また農耕神、狩猟神としても信仰されている。

伝承では、建御名方神は諏訪地方の外から来訪した神で、土着の洩矢神を降して諏訪の祭神になったとされ、諏訪大社ほか全国の諏訪神社に祀られている。

名前の「ミナカタ」は「水潟」の意であり元は水神であったと考えられる。ただし、宗像と関連があるとする説や、冶金の神であるとする説もある。

出自について記紀神話での記述はないが、父・大国主母・沼河比売(奴奈川姫)の間の子であるという伝承が各地に残り、妻は八坂刀売神とされている。

『古事記』では、八千矛神(大国主)が高志国の沼河に住む沼河比売を妻にしようと思い、高志国に出かけて沼河比売の家の外から求婚の歌を詠み、沼河比売はそれに応じる歌を返し、翌日の夜、二神は結婚した。
また、新潟県糸魚川市に残る伝承でも、大国主と沼河比売との間に生まれた子が建御名方神で、姫川をさかのぼって諏訪に入り、諏訪大社の祭神になったという。
『先代旧事本紀』でも建御名方神は沼河比売(高志沼河姫)の子となっている。

『古事記』『日本書紀』の一書や『新撰姓氏録』によると、スサノオの六世の孫、また『日本書紀』の別の一書には七世の孫などとされている。


さて、美社神字録では、景行天皇の御代に、建御名方神の御渡りがあったと記すから諏訪に入る前のことではないだろうか?

そういえば、下伊那には建御雷神と建御名方神が談合した所だという伝承の場所がある。

また、古事記では、思兼尊が天照大神に建御雷之男神を推薦するところがあるが、やはり、阿智彦とは縁のある方には違いない。

そこで私は、建御名方神は、巷間伝わる様なイメージの神ではないのではないかと思っている。
もっと、九州朝,阿智宮に関係のある、むしろ信濃にははじめから縁の深い人物であったのではないかと思い始めている。


史郎のHPもどうぞ!←
にほんブログ村 歴史ブログ 日本史へ
にほんブログ村
人気ブログランキングへ
[PR]
by hansaki460 | 2009-02-21 10:18 | 神代文字 | Comments(0)
<< 雑感 古代文字の真実[6]トヨクニ文... >>