信濃國 大御食ノ社に伝わる神代文字で書かれた「美しの杜社伝記」を解明してます。
by 史郎
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「蘇民将来、来福之守」は、哀しい話し!

★ 哀しい「蘇民将来、来福之守」の話し!

古代大化改新以前の日本では、新羅系の蘇我と白山が主導権を握っていた。

その蘇我(白山連合) 権力を倒したのが大化改新で、百済系の奈良王朝(中大兄皇子) と中国系の吉備王朝(藤原鎌足) が連合してのクーデターだ。

律令体制はそのままで、六世紀頃には神奈川県の蘇我川畔に栄えていた蘇我(蘇民) らの末裔は全国に散らばった。

哀しいことに列島では、7世紀~8世紀にかけて「別所」と呼ばれる、体制側が日本原住民を取り締まるための捕虜収容所があり、権力を持って原住民を分離隔離していた。(収容地域は「イツキ」とも呼ばれていたが、サンカはそこから逃れていた原住民である。)
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やがて源氏の原住民系武士らから成る鎌倉幕府が起き、平氏追討の総追捕使なる警察を全国二千余り設けた。(文治革命)

しかしその後、鎌倉幕府が起てた総追捕使なる警察を、原住民を取り締まる「別所」に任せてしまい、その後原住民は虐げられてきたのである。

だから明治になるまで、律令体制下で虐げられていた原住民(4種の迫害されてきた部族) を解放したのが、四民平等といわれる明治維新の本当の姿なので有る!

すなわち、「蘇民将来、来福之守」というお札は、土着先住系の守護神なのである。

実に哀しい話しなのである。

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by hansaki460 | 2017-08-15 14:51 | 歴 史 秘 話 | Comments(0)
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