信濃國 大御食ノ社に伝わる神代文字で書かれた「美しの杜社伝記」を解明してます。
by 史郎
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吾道之宮


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まぼろしの吾道家

吾道家(小町谷神官家) 炎上

「赤須上穂舊記録鈔」によると、天明二年(1782) 八月 赤須村美女ヶ森小町谷神官の屋敷火災にて焼失し、11棟あった家屋が焼失し、全ての文書宝物が失われた。辛うじて神代文字で書かれた年代記(社伝記)の写しが難を逃れ、今に伝わる。

実はこの火災の起きた前年の 天明元年(1781) に、白隠慧鶴の高弟で 伊豆三島の龍沢寺創建をなした 東嶺円慈和尚は、30年間探し求めた阿智神社を見つけて「神供霊祭」を執り行っていたのだ。

この「神供霊祭」を執り行ったことにより、今まで歴史に翻弄され 隠れるように過ごしてきた吾道家が 権力側に知られるところとなり、吾道家の存在が不都合な勢力に消されてしまったのだった。

じつは東嶺円慈和尚が阿智神社を探していた経緯には、次のような大きな理由があった。

先代旧事本紀大成経事件

延宝7年(1679)、江戸の書店で『先代旧事本紀大成経』(七十二巻本) と呼ばれる書物が発見された。
その中身は「伊雑宮が日神を祀る社であり、内宮・外宮は星神・月神を祀るものである」というものであり、内宮・外宮の神職は幕府に詮議を求めた。

幕府は、天和元年(1681) に大成経を偽書と断定。版元「戸嶋惣兵衛」、出版を持ちかけた神道家・永野采女と僧・潮音道海、それに偽作をしたとし伊雑宮の神職らを処罰した。

伊雑宮事件

この事件に先立つ 20年前『伊雑宮事件』が起きていた。
伊雑宮の神職たちは「内宮、外宮は 伊雑宮の分家である」と「伊勢三宮説」をと主張した。

万治元年(1658) 内宮は、伊雑宮の主張を偽作と訴え、結局 朝廷は「伊雑宮は内宮の別宮で、祭神は 伊射波登美命」と裁定した。その結果、幕府は伊雑宮を内宮別宮の一つとして再建した。

しかし、納得できない 伊雑宮の神職たちは、四代将軍・家綱に直訴したが、寛文三年(1663)、神官四十七人が追放された。

東嶺和尚の執念

大成経事件をうけたあと、潮音道海(1628-1695) の伝承者として、白隠慧鶴(1686-1769) の高弟で、伊豆三島の 龍沢寺創建をなした「東嶺円慈和尚」(1721-1792) は、『先代旧事本紀大成経』に記されている 古代六家筆頭の「吾道家」を探した。そして天明元年(1781) 、30年間探し求めた信濃国阿智の地を発見し、そこで「神供霊祭」を行ったのだった。

大成経研究 潮音道海の伝承者であった 東嶺円慈和尚は、その時の気持ちを漢詩に詠んでいる。

人道変遷神道常 (人道は変遷すれども神道は常なり)
霊珠真鏡豈無光 (霊珠真鏡豈に光無しや)
我雖下世一丁禿 (我れ外世(げしょう) の一丁禿(ていとく)なりと雖も)
曽憶上天八意王 (曽て上天(しょうてん) の八意王(やごころのきみ) を憶う)

従嗣神孫已十年 (神孫を嗣ぎしより已に十年)
今晨且喜拝宮前 (今晨(こんしん) 且喜(しゃっき) すらくは宮前に拝することを)
無私天鑑避無処 (無私の天鑑避くるに処なし)
水緑山青吾道顔 (水緑にして山青し吾道の顔(かんばせ))

しかしその時、東嶺円慈和尚が 30年もの年月をかけようやく探し当てたとする吾道家は阿智の地では無く、遠い大御食神社の社家としてひっそりと存続していたが、知るよしもなかった。
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この「神供霊祭」を執り行った翌年の天明二年(1782) 八月、赤須村 美女ヶ森 小町谷神官の屋敷は 火災にて焼失し、11棟あった家屋が全て焼失してしまい、全ての文書宝物が失われてしまった。

この時 古代六家筆頭の「吾道家」は、まぼろしと化してしまったのだった。

これは、三部神道のひとつ、「霊宗道」を伝えてきた吾道家 抹殺の事件であったのだろうと思われる。

つづく

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by hansaki460 | 2017-05-27 17:43 | 幻の吾道之宮 | Comments(0)
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