信濃國 大御食ノ社に伝わる神代文字で書かれた「美しの杜社伝記」を解明してます。
by 史郎
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地名の三日町は、三日待ち

長野県箕輪町にある「南宮神社(祭神:建御名方命、八坂刀売命)」には、春宮と秋宮がある。

建御名方命は秋宮と春宮とを半年ずつ遷座し、それを「御神渡り」といい、毎年の祭事である。

初夏に行われる春宮から秋宮への遷座のあと建御名方命(祭神) は、山中に建てられた「御旅所」と呼ばれる「穂屋」に三日間、避暑に行った。

現在の穂屋
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その三日の間、お供の者たちは麓で待機し、その場所を三日待ち(三日町) と称するようになった。


思うに、全国にある三日町・六日町・十日町等の地名も、町=待ち ではあるまいか?
雪に閉ざされて、動けなくなり、六日も十日も待たされたと云う事では無いだろうか?

ただ、町=市場 と、まことしやかに言う識者らが巨万といるから、手に負えない。(^^

【……三日町の地名から、中世ここでは市が聞かれたにちがいないが、その姿を窺い知るすべもない……(箕輪町誌)】

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by hansaki460 | 2017-01-17 08:09 | 歴 史 秘 話 | Comments(0)
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