信濃國 大御食ノ社に伝わる神代文字で書かれた「美しの杜社伝記」を解明してます。
by 史郎
e0171497_18581696.jpg


HP
まぼろしの
吾道之宮


e0171497_1725895.jpg

   発売中



 今日も 応援クリック
 ありがとうございます

   にほんブログ村 歴史ブログ 日本史へ
   にほんブログ村 







google36ed5a3dddf221d0.html
ブログパーツ
以前の記事
2017年 08月
2017年 07月
2017年 06月
more...
カテゴリ
全体
やまと言葉
幻の吾道之宮
和歌姫 吾道彦
大御食神社社伝記
神代文字
古代文字便覧 
竹内文献 ホツマツタヱ 古史古伝
歴 史 秘 話
地方史から見た覇権の姿
一般
未分類
最新のコメント
唐・新羅進駐軍の唐側代表..
by 旅人 at 04:53
これが高学年の問題であれ..
by 通りすがり at 02:55
当方のブログに関しまして..
by hansaki460 at 07:23
三毛猫さんが書いているこ..
by moon33magic at 16:05
高良大社とは、朝鮮神社、..
by moon33magic at 11:25
その他のジャンル
外部リンク
記事ランキング
ブログジャンル


銅鐸


銅鐸は、大国主に授けられた「逆戈=警察力」だった!
   
太古の列島 (日本) では、縄文時代から偉人で神と呼ばれる方々がいた。

記紀や古伝では、天御中主をその始めと伝わる。

そして偉人「天御中主神」に始まる「国之常立神」の皇統は、~ 国狭槌尊 ー 豊国主 ー 泥土煮尊 ー 角杙神~ と続いたが、次の「面足尊」で絶えた。

その間、日高見のトヨケ後の豊受大神が暫定的に日本を総括していた。 

e0171497_18431274.jpg
(トヨケの語るところでは、クニトコタチ → キノトコタチ → トヨケ と生まれ代わっているという。)
(皇産霊尊は、初代(東常立)から7代(高木神)までの役職名だという。)


高木神(7代皇産霊尊)は、娘の伊弉冉(分家)と、根の国を治めていた沫蕩尊の子の伊弉諾(別の分家)を結婚させ、その子を以て本家とすることで、中央部 (葦原中国) の窮状を救済しようと図る。そして天照神が生まれ中央政権が復活し、分割統治に陥っていた日本の再統一が成る。

しかし、養子の「天萬尊」の孫である天つ君となった二神(伊弉諾,伊弉冉)の立場は苦しく、「妥協の暫定政権」とでも言うべき立場であった。

だから、伊弉諾,伊弉冉の世嗣には国常立尊に匹敵する高貴さが要求された。並の世嗣では世の臣民は納得して服わないだろうからだ。

その様な背景の中、伊弉諾,伊弉冉は、未開の八島を、「ト(法)」と「ホコ(警察力)」で世を治めようと、子の天照大神に政権と「経矛」を引き継いだ。

このことをもって「調和/融和と秩序」の実現するためのを象徴とし、日本神道の根源にあるのではないだろか?

その後の代々、「ト(璽)」は中央政府が継承し「銅戈」に象徴さ、「ホコ(逆矛)」は大国主に授けられ「銅鐸」に象徴された。
そして清汚を鑑みる「八咫鏡」を加え「三種の神器」とし、「ヤマト(大和)=調和と秩序,大調和,完成。=日本の国号」と成した。

その過程で、「銅戈(剣),銅鐸の埋葬儀式」が行われ、巻向へ習合し、ヤマトの国体へと発展していった。


【 仮説 】

銅矛や銅鐸が造られた時代に「トホコ」という言葉の記憶が残っていて、その物実(ものざね)としてそれらが造られた。

これが、「銅鐸の謎」の実体である。



 参考サイト
  ほつまつたゑ 解読ガイド(http://gejirin.com/index.html)
.
[PR]
by hansaki460 | 2015-02-24 12:43 | 歴 史 秘 話 | Comments(0)
<< 焚書の歴史【禁書を持っている者... 銅戈・銅鐸の謎解き >>