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お猪口の話地名「くなしり(国後)」島 は、やまと言葉(日本語) しれとこ(知床)も、やまと言葉(日本語)、と言う話を書いた。 通説は「くなしり(国後)」を、島に先住していたアイヌ人はアイヌ語で「クナシル」と呼んでおり云々…と、日本語ではないとする。 お猪口の語源は、「鍾(しょう)」の呉音・福建音・朝鮮音「チョング・チョンク(chong)」に由来する云々…と、これまた通説では外来語とする。 ◇ 一方で、例えば源氏物語「乙女」では、【大和魂】についてこう書いている。 【 猶、才を本としてこそ、大和魂の世に用ひらるる方も、強う侍らめ 】 とあり、与謝野晶子は、こう訳している。 【 やはり学問が 第一でございます。 日本魂(やまとだましい)をいかに活かせて使うかは学問の根底があって できることと 存じます。 】 結局光源氏は、わが子の育て方で、中国の学問を身につけさせようと考えた。 そして理屈だけ詰めこむのではなく、社会常識を踏まえ均整のとれた感覚を、紫式部は【大和魂】と名づけた。 だから、平安時代中期から日本人は、国際人であった。 しかしこんな唐かぶれの人の話もある。 江戸の高名な漢学者が、日本橋から品川へ引っ越した時、弟子から「何故こんな田舎へ?」と問われ、「唐に四里近い」と強がった、という話を読んだことがある。 閑話休題(それはさておき)、 ◇ 神功皇后が酒を勧めた歌が『日本書紀』には、こうある。 「此の御酒(ミキ)は 吾が御酒ならず 神酒の司 常世に坐す いはたたす 少御神の豊寿き 寿き廻ほし 神寿し 寿き狂ほし 奉り来し御酒そ あさず飲せ ささ」 だから、酒造の神様の一人に「少彦名神」とする。 しかし、酒壽(サカホガイ)祝詞の中には、周玖那彌伽未(スクナミカミ) として出てくる。 虚能彌企破 和餓彌企那等儒 區之能伽彌 等虚豫珥伊麻輸 伊破多多須 周玖那彌伽未 この酒(ミキ)は 我が酒ならず 藥(クシ)の神 常世(トコヨ)に在(イマ)す 岩立たす 少御神(スクナミ) 「少御神=少彦名(スクナビコナ)神」と、「周玖那彌伽未=少名御・少波神(スクナミ)神」の違いがあるのだ。 沙沙貴神社(ささきじんじゃ)が、滋賀県近江八幡市にある。 式内社で、主祭神は少彦名命とする。 そして、古伝ホツマツタエでは、沙沙貴神社は少波神を祀るとある。 沙沙貴神社の北には繖(きぬがさ)山があり、その北には 猪子山が続き、古来 猪口山と呼ばれているという。 …そこでまだひとつの仮説だが、 酒壽(サカホガイ)祝詞の「この酒は 我が酒ならず …… 少御(少波神)神」であれば、酒の神の少波神を祀る沙沙貴神社の向かいの山は「猪口(いのくち)=井ノ口」であったが、漢字に置き換えられて、いつしか「井ノ口 ⇒ 猪口 ⇒ ちょこ」となった。 少波神もまた、いつしか少彦名神と混同されていった……。 神代文字で書かれた古史古伝には、やまと言葉で書かれています。 …が、日本の正統性を脅かすとばかりに、神代文字を認めません。 日本の正統性の話、まだまだ続く
by hansaki460
| 2015-01-31 19:51
| 歴 史 秘 話
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