信濃國 大御食ノ社に伝わる神代文字で書かれた「美しの杜社伝記」を解明してます。
by 史郎
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学術的?政治的? 1185年と1192年の鎌倉幕府(メモ)



鎌倉幕府は、源頼朝が鎌倉に創設した武家政権(幕府)で、1192年(建久3年)に源頼朝が征夷大将軍に任官して始まったとされる。
…が近年、頼朝の権力・統治機構は、実質には1185年とする説が優勢だ。

その背景は、西国の朝廷に対して東国に事実上の国家を樹立したとする「東国国家論」にある。


一方、室町幕府の成立時期は、建武式目の建武3年(1336)と、尊氏が征夷大将軍に補任された暦応元年(1338)のいずれかだが、前者が有力である。…という。


江戸幕府は、1603年に征夷大将軍に任官した徳川家康が創設した武家政権である、とする。

いずれも、朝廷の令外官・征夷大将軍に任官されたものである。


では、明治新政府はどうであろうか。

◆明治改元に当たる明治元年旧9月8日(1868年10月23日)とするが、他に
・大政奉還上奏と勅許(慶応3年、1867年)
・廃藩置県の断行(明治 4年、1872年)等々、諸説ある。


その明治に生まれた日本国家は、大日本帝国憲法(明治憲法)「告文(こうもん)」にこうある。

「皇朕レ天壌無窮ノ宏謨ニ循ヒ
 惟神ノ宝祚ヲ承継シ
 旧図ヲ保持シテ敢テ失墜スルコト無シ」

(私は、永遠に続く天地のような広大な計画に従い、
 神としての皇位を継承し、
 これまでの考えを守り、失うようなことはない。)

「惟フニ此レ皆皇祖皇宗ノ後裔ニ貽シタマヘル統治ノ洪範ヲ
 紹述スルニ外ナラス」

(考えてみれば、これは皆、皇祖・皇宗が子孫に残してくださった統治の模範を
 受け継いで行うことに他なりません。)

すなわち、神々の世から続く皇位を継承し、伝統を踏まえ、国家の基盤を強め、国民の幸せを守るために、憲法を制定することにした、と。


今の憲法はどうか。

◆ 日本国憲法は、(明治40年勅令第6号)の公式令によって『第三条 帝国憲法ノ改正ハ上諭ヲ附シテ之ヲ公布ス』と決められている事に基づき、天皇の名の下に公布された。


朕は、日本國民の總意に基いて、新日本建設の礎が、定まるに至つたことを、深くよろこび、樞密顧問の諮詢及び帝國憲法第七十三條による帝國議會の議決を經た帝國憲法の改正を裁可し、ここにこれを公布せしめる。
御名 御璽
昭和二十一年十一月三日
内閣總理大臣兼 外務大臣  吉田茂
…以下略

だから、『神々の世から続く皇位』をもつ天皇が、日本国憲法を公布したという形式を備えている。


◆ では、『神々の世から続く皇位』とはなにか?

★国会における議論(第75 回国会・S50.3.18 衆議院・内閣委員会)

○上原康助君(社)
…旧憲法下における天皇制のあり方と日本国憲法になってからの天皇の地位の根本的な違いというのは……

○政府委員(角田礼次郎・内閣法制局第一部長) 
…旧憲法下における天皇は、さかのぼりますと、いわゆる神勅にさかのぼるわけでございますが、万世一系の天皇として初めからそういう地位を持っておられたということでございますけれども、……


◆主な学説は
…天皇の地位の根拠は「万世一系」(旧1 条)の皇統にあり、その根源は究極的には天孫降臨の神勅(日本書紀・古事記)にさかのぼるものである……とする。

また一時話題になった憲法学者・芦部信喜氏は、
…近代憲法を支えた古典的な立憲主義の思想は、社会国家・福祉国家の思想と両立し、民主主義とも密接に結合するとする。
その上で、日本国憲法制定の過程には、歴史上様々政治的な要因が働いているが、「国民自ら憲法制定権力を発動させて制定したものである」とみるほかないとして、八月革命説を支持、その結果日本国憲法が制定されたとみる。
…という。


要は、日本国の正統性は、天皇の「万世一系」の皇統にあり、その根源は天照大神が孫の瓊瓊杵尊らに下した天孫降臨の神勅(日本書紀・古事記)にさかのぼるものである。

……が、古史古伝によると、神話にしてしまった天照大神以前には、驚くべき歴史が語られている。

しかし、正統性には傷が付かないのだが・・・という話を、ほんとうはしたいのですが…。(日暮れて、道遠しです。)
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by hansaki460 | 2015-01-24 10:43 | 地方史から見た覇権の姿 | Comments(0)
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