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他力のちから「おかげさん」&【放射性物質拡散予想図】
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他力のちから「おかげさん」 フランスの 小さな町 ルルドは、聖母マリアの出現と 「ルルドの泉」 で知られる。 1858年、14歳の少女が 薪拾いをしているとき、初めて聖母マリアが出現したという。 聖母出現の噂は、疑いの目を持って見られていたが 「ケ・ソイ・エラ・インマクラダ・クンセプシウ(私は無原罪の やどりである)」 という 田舎の少女が 知り得るはずもない言葉を発したとき、神父も 周囲の人々も 聖母の出現を 信じるようになった。 最近でも、「ルルドの泉」 の奇跡について調査してきた ルルドの国際医師委員会は 「通常ではない治癒が 2件確認された」 と述べた。 アウシュビッツで ガス室に送られようとしている人の中には、与えられた 最後のパンを 残っている人に差しだし、笑顔でもってガス室に向かう姿が 見られたという話を、元の本を思い出せないが ユングに係わる本で読んだことがある。 そして、その行為は どから出てくるのだろうか? とあった。 この行為は、そう したいから するのだ という、『菩薩』 の見返りを求めない無償の行為、また 『天使』 の行為だと思う。 神仏とは、そういう想いの溢れた存在なのではないかと、思います ◇ 五木寛之は著書 『他力』 の中でこう言っています。 よく 「儲かりまっか」 「まあ、ぼちぼちでんな」 などという挨拶を交わすと言われます。 しかし、古い大阪の人に聞くと、昔は 「儲かりまっか」 と聞かれると 「おかげさんで」 と必ず言ったそうです。 「おかげさんで」 というのは 神仏のご加護によって なんとか生きていけることを〈お陰〉と感じて、その〈お陰〉を 感謝する思想でしょう。 お伊勢多りを 「お陰参り」 と言うのと同じです。 そう考えると、大阪商人は じつは 根のところに 非常に精神的な、宗教的な心根をもった人たちであり、大阪ビジネスの背後には、儒教的な倫理のほかに お陰という 宗教的な感覚もあった ということになります。 ◇ 他力とは、祈りでも あります。 人々が 疲れたとき、病気で どうにもならないとき、神仏は それを癒す力を持っていると 言います。 他力本願とは、他力(阿弥陀仏=神仏)が、人々を救済する思い(本願)である・・・・と。 すなわち、他力本願とは、神仏の願いは、人々を救済することにある、という意味なのです。 応援クリック ありがとうございます! 5月 1日(火) 5月 2日(水) 5月 3日(木) .
by hansaki460
| 2012-05-01 09:23
| 一般
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