信濃國 大御食ノ社に伝わる神代文字で書かれた「美しの杜社伝記」を解明してます。
by 史郎
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名曲 『 平城山 (ならやま)』&【放射性物質拡散予想図】

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名曲 『 平城山 (ならやま)』


『 平城山 』  北見志保子・詞  平井康三郎・曲

  人戀ふは かなしきものと  平城山(ならやま)に
  もとほり来つつ  堪へがたかりき

  古(いにし)へも つまに戀ひつつ 越へしとふ 
  平城山のみちに  涙おとしぬ


北見志保子は 明治18年 高知県宿毛村に生まれ、歌人・橋田東声と結婚した。
しかし志保子は、12歳年下で、東声の弟子の 浜忠次郎と恋に落ちた。

浜忠次郎は志保子から引き離され、フランスに留学させられてしまったが、奈良に滞在し、帰国した浜忠次郎(のちの千代田生命社長)と 再婚した。

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志保子は後に そのときの心情を 語っている。

『人を恋い慕う どうにもならない悲しさは、平城山あたりを廻り歩いて堪えがたかった』

『 新しい女などと、お思い下さいますな。 私は 新しくはないので御座います。
  唯、「 真理に生きたい 」 と 思ふだけで、こんな冒険をしたのですから・・・』
 
  ― 山川よ野よ あたたかきふるさとよ  こゑあげて泣かむ 長かりしかな ―


情熱的な恋をした志保子の 『平城山』 は控えめだが、奈良の 磐之媛陵周辺をさまよった際に、磐之媛が 夫・仁徳天皇に寄せた思いに重ね合わせて詠んだといわれる。

磐之媛は 仁徳天皇の皇后だった女性で、古事記や日本書紀には、「大変嫉妬深い女性」 として描かれている、現代なら誇り高い女性と称えられるかも・・・・。^^;

この歌は、志保子と同じ 高知出身の 平井康三郎氏の作曲によって世に出た。

平城山 鮫島有美子

平城山 山崎ハコ/077


     
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4月30日(月)
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5月 1日(火)
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5月 2日(水)
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by hansaki460 | 2012-04-30 07:02 | 一般 | Comments(0)
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