信濃國 大御食ノ社に伝わる神代文字で書かれた「美しの杜社伝記」を解明してます。
by 史郎
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二千年前から伝わる地名の話

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二千年前から伝わる地名の話


赤須の里の「大御食神社」と「赤須彦館」の間に、日本武尊に係わる地名で、「湯奉の沢」という地名があります。
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それは、約1,900年前、日本武尊が東征の帰路、この赤須の里で三夜過ごしたことが、神代文字で書かれた社伝記に 記されています。


 御食津彦(みけつひこ)の乙女 一人あり、名を 押し姫 と云う。
 尊 いと愛(め)で給いて、三夜 御座(おはし)ませり。

 別れに臨みて 歌いて 詔り給はく、
  「 二夜三夜、二人寝しかも、飽かずかも。
   美し乙女 愛(あ)しけやし。
   居立ち 廻(もとほ)り、愛(は)しけやし 乙女 」

 押姫 答(いらえ)歌 奉りて、
  「 愛しけやし、我が大君の御手に捲く、珠持つ日根子 忘られず、
   珠持つ日根子 忘れられず、
   吾夫(あせ)を占(し)め延(は)む、吾夫を占め延む。」

 御食津彦 人々共に 日本武尊を送り奉れり。


 
このとき、日本武尊が 湯を使った場所が「字 湯奉の沢」なのです。
慶安二年(1649)の御検地帳に記されており、今に至っています。
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十数年前に、その沢に架かる橋が架け替えられました。
その時、橋の欄干に取り付けるプレートに、産湯(うぶゆ)の絵が用意されていました。
その事を聞いた ある方が 請け負ったゼネコンの社長に、「史郎さんのところへ聞きに行け」 と言ったそうな。

後輩のその社長が、出来たばかりのプレートを持って、私の事務所を尋ねて来ました。
私は、「その産湯の絵を使えば、あなたの会社は 孫子の代まで笑われるよ」 と言って、上記の話をした。

社長はすぐに、日本武尊の姿が書かれたプレートに作り直し、竣工に間に合いました。^^
これで、1900年前の出来事が、現地で語り伝えられます。

 
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by hansaki460 | 2012-03-23 07:06 | 歴 史 秘 話 | Comments(2)
Commented by ぽちら at 2012-03-25 08:22 x
歴史書や遺跡を勝手に作って、もしそれが千年先まで残ったら、それが真実として伝わってしまうのか?…と考えた事があったのですが、これはそれを未然に防いだお話ですね。後に遺るものを造る時は責任があるなぁと思いました。
いつもありがとうございます。
Commented by 吉野@自然療法 at 2012-06-28 00:21 x
かなり興味深いです。地名の歴史って面白いですね。
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