信濃國 大御食ノ社に伝わる神代文字で書かれた「美しの杜社伝記」を解明してます。
by 史郎
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まぼろしの
吾道之宮


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日本武尊(九州朝)は、当時大国主命(出雲)と共に東国の開拓を積極的に行った。

 日本武尊(九州朝)は、
 大国主命(出雲)と共に
  東国の開拓を積極的に行った。




諏訪大社は、諏訪湖の南側に上社、本宮・前宮、北側に下社、春宮・秋宮の、計四つの宮から成る。

祭神は、

上社 建御名方命 八坂刀売命

下社 建御名方命 八坂刀売命
   八重事代主神(やえことしろぬしのかみ)

本来の祭神は出雲系の建御名方ではなくミシャグチ神、蛇神ソソウ神、狩猟の神チカト神、石木の神モレヤ神などの諏訪地方の土着の神々であるとされる。

平安時代 - 江戸時代を通じて上社では諏訪氏が、下社では金刺氏が大祝を務め、末社は2万5000社に及ぶ。

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                                          (諏訪大社 下社 春宮)
 
◎ 下社の神主家は金刺舎人を祖とし、阿蘇大宮司の阿蘇氏と祖を同じくし、科野国造家から分かれたものと伝えられる。

上社の神主家は本姓が明かではなく、一般に神家といっている。
出自については、建御名方命の後裔という説によれば、出雲神族の分かれと考えられ、大和の大神神社の社家大三輪家と同系。


◎ 下社の御舟祭は、神体を舟(柴舟)に乗せて春宮から秋宮へ遷座する祭。
南北朝時代に書かれた『諏訪大明神絵詞』には「鉾山」と書いてある。
舟には翁、媼とみられる人形が乗せられる。



◎ 福島県東白川郡棚倉町の都都古別(つつこわけ) 神社がある。
奥州一宮で、祭神は、味耜高彦根命(大国主命の子)と、配祀には日本武尊。

ここの日本武尊が東征の折、都々古山(建鉾山)に鉾を建てたのが創始で、古代祭祀場の磐境である事が立証されている。



◎ 以前に私は、日本武尊の東征の足跡を追った折に、日本武尊と一緒に祀られている方々が、関東に入る頃から出雲神が多くなった事に気がついた。
調べようと思ってそのままになっているが、興味深い事象だ。



言葉が足りないことを承知で、上記を勘案して仮説を立てますが・・・・・

日本武尊(九州朝)は、当時 大国主命(出雲)と共に 東国の開拓を積極的に行った と見ると、日本武尊の東征で創建された神社に 出雲神が共に祀られている事が 納得できるが、いかがだろうか?

日本武尊は、当時まだ九州朝だった頃の人物、と言う前提ですが・・・。^^
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by hansaki460 | 2011-01-05 21:00 | 歴 史 秘 話 | Comments(0)
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