信濃國 大御食ノ社に伝わる神代文字で書かれた「美しの杜社伝記」を解明してます。
by 史郎
e0171497_18581696.jpg



e0171497_1725895.jpg

   発売中



 今日も 応援クリック
 ありがとうございます

   にほんブログ村 歴史ブログ 日本史へ
   にほんブログ村 





ブログパーツ
以前の記事
2017年 01月
2016年 10月
2016年 08月
more...
カテゴリ
全体
やまと言葉
庵住期 (70歳からの自活)
歴 史 秘 話
幻の吾道之宮
宇宙の摂理
神代文字
古代文字便覧 
和歌姫 吾道彦
大御食神社社伝記
竹内文献
地方史から見た覇権の姿
一般
未分類
最新のコメント
これが高学年の問題であれ..
by 通りすがり at 02:55
当方のブログに関しまして..
by hansaki460 at 07:23
三毛猫さんが書いているこ..
by moon33magic at 16:05
高良大社とは、朝鮮神社、..
by moon33magic at 11:25
同じ意見の方がいらっしゃ..
by のりあ at 20:58
人気ジャンル
外部リンク
記事ランキング
ブログジャンル


世界に誇るべき 『江戸しぐさ』

世界に誇るべき 『江戸しぐさ』


江戸時代の日本人について、外国人が観察した記録が残っている。

渡辺京二氏の「逝きし日の面影」によると、異口同音に
「こんな美しい愛すべき民族はいない」
と日本人を誉めている。

約束は守る、真面目、子供を可愛がる、友達思い、皆で助け合って仕事をしていると言うのです。

また、「こんにちは」、「おはよう」、「さよなら」と挨拶をする、それを小さな子守までが言うから、背中の赤ちゃんが真似して「よー」とか「ちわ」とか挨拶すると言う。


イギリスの詩人アーノルドは、日本人を評して、

「日本には礼節によって生活を楽しいものにするという普遍的な 社会契約が存在する。
 その魅力的な態度、礼儀正しさは、謙譲ではあるが卑屈ではなく、精巧ではあるが飾ることもない」
と述べている。

このような江戸時代の日本人の身のこなし方は、「江戸しぐさ」と言われている。


1700年代の初め、江戸の人口は100万人を超え、武士も町人も全国各地から集まり、異なる習慣や方言が寄り合った。

そこに相手を尊重し、互い助け合う相互扶助の精神が根付いた。
それを具体的な身のこなしや言葉として示したのが 「江戸しぐさ」 だ。

江戸しぐさの生みの親は、町方のリーダーの町衆だ。
商人の中でも上に立つ人たちで、商売繁盛のために、お客様とのよい関係を築き、それを保つために知恵を絞り、工夫を重ねた人付き合いのノウハウがベースになっている。
そして商売繁盛の知恵から、一般的な生活の知恵になった。

基本は相手に対する思いやり、お互い様、惻隠の情です。

江戸しぐさには「お心肥やし」というキーワードがある。
心を豊かにし、学問を学び、人格を磨くことに努めるべきだとの戒めだ。
それを書物から学ぶだけではなく、手足を動かし、自分で体験して考える実践が大切だと教える。

江戸の子育てを表している言葉がある。

「三つ心、六つ躾、九つことば、十二文(ふみ)、理(ことわり)十五で末決まる」

「三つ子の魂百まで」がすでに理解されていた。
親は子供が3歳になるまで脳と身体と心をしっかり養育する。
6歳までには箸の使い方や日常生活のルール、良い悪いの判断、
9歳までには世辞や挨拶ができること、
12歳までには商売上の書類や書状を書けること、
15歳までには、世の道理がきちんと分かることと言うこと。
この年齢でその子の行く末を判別した。

子供の成長段階に応じた教育と言うよりも養育、鍛育だ。
15にもなって躾をしてもダメなのです。

寺子屋では、「読み書き算盤」とともに、他人の意見を否定せずに自分の考えを出し合う、今で言うブレーン・ストーミング、設定した役割を演じるロール・プレイングなどが行われていた。

また地域には、相互扶助の「講」があった。
講は地域の問題解決の場であると共に、人々の触れ合いの場で、子供達に江戸しぐさを、手取り足取りで教えることも非常に大切にされていた。

講が生活に組み込まれていたことは、講習会、講堂、講師、講座と言う言葉が今に残っていることからも推察される。

子供達は、親、寺子屋、地域(講)で教育されていたのだ。

江戸しぐさには、

「傘かしげ」は雨の日にお互いに傘を外側に傾けてすれ違うこと、
「肩ひき」は人とすれ違うとき肩を路肩に寄せること、
「時泥棒」は訪問時には相手の都合を聞き約束の時間を守ること、
「うかつあやまり」は例えば足を踏まれたとき
「すみません、こちらがうかつでした」と自分から謝ること、
「七三歩き」は道を歩くとき片側により、7割は他の人のために空けておくことなど。

これらは「往来しぐさ」と言われた。

江戸しぐさの本質は、「立派な人間」を目指すと言うことだった。
「指切りげんまん」「死んだらごめんよ」は、約束は口約束でも絶対に守ると言うこと。
「結界覚え」は「餅は餅屋」で専門家を立てよと言うことです。
「人のしぐさを見て決めよ」とは、相手をよく理解せよと言うこと。
「尊異論」とは、丁稚の意見でも違う意見は尊重せよと言うことだ。

江戸しぐさは、明治の文明開化でなおざりにされ、戦後は高度成長の折にないがしろにされた。

埼玉県教育委員会で、江戸しぐさのビデオを作成したことがあった。
それを観た中学生が感想文で、
「なぜ大人たちは、この美しいしぐさを教えてくれなかったのか」
と記した。
子供達自身は、立派な大人になりたいと求めているのです。

大人たちはそれに応えられないが、江戸しぐさや、教育勅語も、昔の修身教科書がある。
立派な大人への道を、先祖はすでに示しているのです。


日本の心を伝える会 メールマガジンより
by hansaki460 | 2010-12-21 09:28 | Comments(1)
Commented by 育子 at 2011-06-08 00:48 x
「江戸しぐさ」、なんて賢い教えでしょう。
ちょっと相手を思いやり、折り合いをつけて
上手く社会生活を送ることが出来る
こんな素敵な教えを現代の学校でも
倫理社会?今はそういう科目はあるのか
分りませんが、授業に取り入れて欲しいですね。
<< なぜ韓国は、パチンコを全廃したのか? 菩薩のこころ 天使のこころ >>