信濃國 大御食ノ社に伝わる神代文字で書かれた「美しの杜社伝記」を解明してます。
by 史郎
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真実!? アトランティス大陸

真実!? アトランティス大陸


『イデア』 と 『プシュケー』。
プラトン(紀元前427年 - 紀元前347年)の哲学は この二つの言葉に集約される。
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それを「知」と「魂」とも、「理念」と「精神」と言ってもよいけれど、『イデア』 というのは数そのもの、図そのもの、形そのものでもあった。

一方、『プシュケー』 には3段階があるだろうと プラトンは言った。
「理知な魂」、「気概な魂」、「欲望な魂」 の三タマだ。

だからプラトンにとっては、『プシュケー』 も純粋無雑なものなのではなくて、やはり抽象であって具体そのものなのだ。

・・・・松岡正剛氏に こう言わしめたプラトンは、紀元前427年、アテナイ最後の王コドロスの血を引く貴族の息子として、アテナイに生まれた。

プラトンは古代ギリシアの哲学者である。(紀元前427年 - 紀元前347年)
ソクラテスの弟子でアリストテレスの師。

プラトンの思想は西洋哲学の源流であり、哲学者ホワイトヘッドは「西洋哲学の歴史とはプラトンへの膨大な注釈である」といった。

その偉人を持って、著書 『ティマイオス』 及び 『クリティアス』 の中で述べたのが 『アトランティス』 である。

そして、1882年には、アメリカの政治家・イグネイシャス・ロヨーラ・ドネリーが、『アトランティス―大洪水前の世界』 を発表し、一大ブームとなった。



アトランティスの伝説は、プラトンが執筆した作品とされている 『ティマイオス』 と 『クリティアス』 の中に、対談の形式で書かれ、クリティアスからアテナイとアトランティスの伝説が語られる。
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          アタナシウス・カーシャーのアトランティス大陸の地図 南が上になっている。


・・・アトランティス大陸は栄華を極めた王国であったという。

  エジプトの老神官が語るところによれば、アトランティスは、ギリシア神話の海神ポセイドンに
  分け与えられた土地であった。

  アトランティスの創始者ポセイドンはギリシャ神話に登場する海神だ。
  ポセイドン ー この神は、オリンボスの神々のなかでも、もっとも恐れられていた神だ。

  イルカにひかせた車で海上をかけめぐり、三叉のホコをふるって暴風雨をひきおこし、
  領地の所有権をめぐって他の神々と争った。
  またポセイドンはたいへん気まぐれで、愛情深いやさしい表情から、一瞬にして怒りに震える
  残酷な表情へと変貌するのである。
  それはくずれやすい海の天気そのものであった。

    ・・ 略 ・・

  アトラントの子孫は、莫大な財宝をたくわえて豪勢な生活をした。
  物資の多くは、外国から輸入されたが、生活必需品は島で生産された。
  いまは名前しか知られていないが、島のなかだけでしか採れないオリハルコンという鉱物が
  あったという。

  動物の種類も数多く、とりわけゾウがたくさんいた。
  植物も豊かで、果実、野菜などが豊富に生産されていた。

  すばらしい王宮

  首都建設の土木工事も目を見はるばかりだった。
  首都をかこむ環状の水路には橋がかけられ、王宮への出入道がつくられた。
  また港の入口は拡張され、大きな船も楽々と入港できた。

  ・・略・・

  神殿の表面には銀が張ってあり、ヘリには黄金の板がかぶせてあった。
  天井の主要部分は象牙で作られ、装飾には金、銀、オリハルコンが使われていた。
  また、壁、円柱、床は、すべてオリハルコンでおおわれていた。
  祭壇には、戦車に乗ったポセイドンの黄金の神像が立っていた。
  ポセイドンが乗る戦車を引くのは、6頭の羽のはえた馬であり、その周囲にはイルカに乗った
  100人の従者がつき従っていた。

  ・・以下略・・

すなわち、中央島のアクロポリスには、クレイトとポセイドン両神を祀る神殿があり、黄金の柵で囲まれていた。

ポセイドンの神殿は金、銀、オリハルコン、象牙で飾られ、中央には6頭の空飛ぶ馬に引かせた戦車にまたがったポセイドンの黄金神像が安置され、その周りにはイルカに跨った100体のネレイデス像や、奉納された神像が配置されていた。

アトランティス島は、生活に必要なほとんどを産する豊かな島で、ハーブなどの香料植物、葡萄、穀物、野菜、果実など、様々な自然の恵みの恩恵を受けていた。

栄華を極めたアトランティスの支配者は、原住民との交配を繰り返す内に神性が薄まり堕落し、神ゼウスの怒りに触れて海中に沈められた、とされている。


最近では、Google earthで、「アトランティス大陸発見か?」というニュースで騒然となったのは記憶に新しい。
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見るからに人口的なグリッド線、そしてアトランティス大陸があったと有力視されている場所に不自然にある遺跡のようなものがより信憑性を増したが、Googleはこれを否定している。



アタナシウス・カーシャーのアトランティス大陸の地図で す。
ただこれは、彼が、逆さにつまり、南が上になって描いていますので、これを逆にするとヨーロッパ、アフリカ、アメリカ大陸に挟まれた所に、大陸が描かれています。
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by hansaki460 | 2010-12-03 13:56 | 歴 史 秘 話 | Comments(0)
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