信濃國 大御食ノ社に伝わる神代文字で書かれた「美しの杜社伝記」を解明してます。
by 史郎
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11月25日は、「憂国忌」 三島由紀夫 没後40周年

  11月25日は、「憂国忌」
        三島由紀夫 没後40周年



30年ほど前に、私の部下にS君がいた。
彼は、東部方面総監部の市ヶ谷駐屯地に、真っ先に駆けつけた機動隊員だった。
だから、何回か生々しい話を聞いた。

その後田舎へ帰った彼は、しばらく私の下で働いた後、教師に転じた。
三島事件は、彼にとっても転機であった らしい。


三島由紀夫は 昭和45年(1970)11月25日、バルコニーから檄文を撒き、憲法改正のため、自衛隊の決起(クーデター)を呼びかけた後に、割腹自殺をした。 45歳だった。

三島は、自衛隊を 違憲だとし、政府の「解釈改憲」を批判した。
その理由を、憲法 第9条は「敗戦国日本の 戦勝国への詫証文」であると断じたのだった。

改憲には、「第九条 第一項の規定は、世界各国の憲法に必要条項として挿入されるべき」なのに、日本国憲法だけがそれを謳うのは「不公平不調和」であり、「敗戦憲法の特質を永久に免かれぬことにならう」と批判し、一項の削除だけでなく、第9条すべての削除を主張した。

また第9条のみならず、第1章「天皇」の問題と、第20条に関する神道の問題と関連させて考えなければ、日本は独立国としての体面を回復できず、アメリカの思う壺にはまるだけであると警告したのだった。

今となれば、早すぎた青年だった。
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あの時自衛隊は、なぜ三島に対して自ら収集できなかったのか?

もし、同駐屯地に配属されていた第三二連隊の柔剣士らを直ぐ突入させていれば、三島を 死なすことはなかった。
その用意に要する時間はたった10分だったという。

しかし、事態の収拾に警察機動隊を導入した幕僚副長たちの判断の結果で、後に自衛隊は 警察から軽蔑されるようになったという。

投降し連行されて外に出てきた楯の会隊員に、自衛官たちは殴り掛かかり、機動隊員が庇ったというから、当時の自衛隊員の士気とモラルは、機動隊員のそれをはるかに下回っていた。

もし、自衛隊が自らの力で三島たちをねじ伏せていたら、隊員の士気は高まっただろうし、三島は自らもそれを狙っていたのに違いない。

しかしあの日、自衛隊は警察に鎮圧を委ねたことで軍隊となることを永久に放棄してしまった。
つまりあの日、自衛隊は自ら命脈を絶ったのです。

私は、憂国の士、三島由紀夫の早すぎた死を悼む。
by hansaki460 | 2010-11-23 16:24 | Comments(0)
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