信濃國 大御食ノ社に伝わる神代文字で書かれた「美しの杜社伝記」を解明してます。
by 史郎
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人生に 無駄は ない

人生に 無駄は ない

船井幸雄氏は、『 自分に起こることは すべて 必然・必要・ベスト 』 だと おっしゃっています。

私も最近 ようやく、そう思えることが 多くなりました。^^


高村光太郎の 智恵子抄の中の 詩です。
 
  『 人 に 』

  遊び ぢやない
  暇つぶし ぢやない
  あなたが 私に 会ひに来る

  ――画もかかず、本も読まず、仕事もせず――
  そして 二日でも、三日でも
  笑ひ、戯れ、飛びはね、又 抱き
  さんざ 時間をちぢめ
  数日を 一瞬に 果す

  ああ、けれども
  それは 遊び ぢやない
  暇つぶし ぢやない
  充ちあふれた 我等の 余儀ない 命である
  生である
  力である

  浪費に過ぎ 過多に 走るものの様に見える
  八月の 自然の豊富さを
  あの山の奥に 花さき朽ちる 草草や
  声を発する 日の光や
  無限に動く 雲のむれや
  ありあまる 雷霆(らいてい)や
  雨や水や
  緑や 赤や 青や 黄や
  世界にふき出る勢力を
  無駄づかひ 何(ど)うして 言へよう

  あなたは 私に躍り
  私は あなたに うたひ
  刻刻の生を 一ぱいに 歩むのだ

  本を 抛(なげう)つ 刹那の私と
  本を 開く 刹那の私と
  私の量は 同(おんな)じだ

  空疎な 精励と
  空疎な 遊惰とを
  私に関して 聯想してはいけない

  愛する心の はちきれた時
  あなたは 私に 会ひに来る

  すべてを 棄て、すべてを のり超え
  すべてを ふみにじり
  又 嬉嬉として

  ・・・・・大正二年の作です。


私はこの詩が 大好きです。
思えば、10代の頃から 何回読んだことか・・・。
朗読も 好きです。

  ああ、けれども 
  それは  遊び ぢやない  暇つぶし ぢやない
  充ちあふれた 我等の 余儀ない 命である 
  生である  力である

何と力強いことだろう!
私はこの詩に、ずいぶん助けられました。
ものの見方、考え方に 影響を受けました。

  八月の 自然の豊富さを
  あの山の奥に 花さき朽ちる 草草や
  声を発する 日の光や
  無限に動く 雲のむれや
  ありあまる 雷霆(らいてい)や
  雨や水や  緑や 赤や 青や 黄や
  世界にふき出る勢力を

  無駄づかひ どうして 言へよう 

『 自分に起こることは すべて 必然・必要・ベスト 』

 そして、人生に 無駄は ないのだ! と思う。

人生 四苦八苦と、苦しいことも 多いですが、この世に 愛されて生まれてきたと、そして 自分が生まれたことは、必然・必要であったと、死に急ぐ人達に 大きな声で 叫びたい思いです。
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by hansaki460 | 2010-08-25 19:56 | Comments(0)
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