信濃國 大御食ノ社に伝わる神代文字で書かれた「美しの杜社伝記」を解明してます。
by 史郎
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成敗された ① 列島の 八の民と、② 半島の 古代朝鮮語。

成敗された
 ① 列島の八の民と、
 ② 半島の古代朝鮮語



① 信州と九州で 共通する、八族退治の 伝説

【 魏石鬼八面大王伝説 】

安曇野の里 に伝わる、魏石鬼八面大王の話です。
坂上田村麻呂の率いる軍と 一歩もひけをとることなく戦い敗れた 魏石鬼八面大王は、あまりにも強かったので、再び生き返ることのないように、遺体は方々 に分けて埋められた。

【 鬼八伝説 】

高千穂地方に伝わるこの話は、三毛入野命(神武天皇の兄)に滅ぼされた鬼八は、何度も蘇生しようとしたため、亡骸は 3つに切り分けられ 別々に埋葬された、というものです。

この 二つの伝説は、八の民が、後に来た 覇者たちに 成敗される話ですが、その後 いつ 誰によって どう脚色されたかは 別として、列島には 八の付く原住民らが居て、覇者らに 成敗された話であることには 間違いがありません。

・・・・・・・・・

② 半島から無くなった 古代朝鮮語

百済の国名は、我が国ではこれを 「 くだら 」 古くは 「 くたら 」 と 発音しましたが、何故 「 くだら 」 なのか よく 分かっていません。

現代朝鮮語の 百済 は 「 ペクチェ 」 です。
疑問は、古代朝鮮語は 扶余語を指しているのなら、なぜ 日本にてのみ、古い読み方が 通用しているのか?

日本語の 「 上代日本語 」 は、その特徴と 「 魏志倭人伝 」 の地名・人名より復元される 「 倭国語 」 の特徴が 共通するので、「 上代日本語 」 と、「 魏志倭人伝 」 の 「 倭人語(倭国語)」 が、同一の言語と考えて良い とされています。


さて それを踏まえて、『 周書 』 百済伝では、王について、自らを 「 於羅瑕(オランケ)」 と言い、民衆は 「 [革+建] 吉支(コニキシ)」 と呼んだ、とあります。

『 日本書紀 』 の表記は 「 コニキシ 」 または 「 コキシ 」 です。

すなわち、当時の日本では、百済の 被支配者層の言葉が 通用していました。

『 書紀 』 編纂を主導したのが 扶余系の 藤原氏であるのに、記述は 被支配者層の言語 なのです。 ( 書いたのは 漢氏か?)


つまりは、古代、半島の 被支配者層の多くは、列島に避難・帰化して、古代朝鮮語は駆逐されてしまった。

列島では、古代朝鮮語を話す人たちとは、同族が多かったので、抵抗なく受け入れた。

しかしその後、半島を簒奪した後、列島へ来た 覇者は、異なる種族(高句麗系)であり、力で 覇権を 取りました。


・・・・・

① ② を裏付けるヒント

◎ 秦の時代に大量の難民が発生し、半島南部と列島に移住した話は、史書の随所に出てきます。

それと同時に、秦の始皇帝との 覇権を賭けた戦争に破れた 倭族の 『 徐福集団 』 は、東アジアに脱出し、古朝鮮系列の 旧午族が住む列島,半島に分かれて定着しました。

各地に小国を建設した 徐福集団 の末裔は、分離を意味する 八族(=倭本族+倭支族)と 自称しました。

半島南部に定着した 倭支族は、北からの圧力に対抗するために、 三韓国:弁韓,辰韓,馬韓を 結成しました。

九州島に定着した 倭本族は、これに呼応して、倭国を 結成しました。


しかし、やがて、① の伝説のように、また ② の古代朝鮮語が駆逐されたように、列島へも やがて半島から入った 高句麗系に 覇権が移り、今日に 至っています。


古代文字便覧
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by hansaki460 | 2010-07-16 16:45 | 歴 史 秘 話 | Comments(0)
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