信濃國 大御食ノ社に伝わる神代文字で書かれた「美しの杜社伝記」を解明してます。
by 史郎
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義理と人情を秤りにかけりゃ、どうして義理が重いのか?

義理と人情を秤りにかけりゃ、義理が重たい男の世界。 

高倉健だ。御存知『唐獅子牡丹』の歌い出しである。
ぼくは 高倉健には どんなばあいも 無条件に脱帽で、村田英雄や北島三郎にも 義理人情は出てくるといったところで、健さんとは較べてほしくない。


・・・松岡正剛の、千夜千冊・源了圓『義理と人情』の書き出しです。

健さんの任侠ものは『昭和残侠伝』をはじめ、十数本の映画をそれぞれ何度見たかわからないくらいだが、話の筋は 実はほとんど似ている。
まさにギリとニンジョーが みしみし絡んで、最後はギリのために自分を捨てるという筋書きなのだ。が、これがなんともたまらない。


・・・ といい、最後に松岡正剛は、こう結んでいる。

それには、本書にはふれられていない任侠や落語や俗曲の世界を掬う必要があろう。
とくに ヤクザをはずしてはいけない。 高倉健を研究するべきである。
また常磐津・清元・新内を放っておいてはいけない。

この、最初は当道に属する者たちによる創作的な音曲世界が、やがて下級武士や町人に滲んでいった 表現感覚を扱わないでは、義理人情は見えてはこない。
ということは、義理と人情とは、とりあえずは そのようによばれている「日本人にひそむ矛盾」のことなのだ。 しかもそれは「肯定したい矛盾」なのである。

http://www.isis.ne.jp/mnn/senya/senya0233.html



さて、史郎的に「日本人にひそむ 矛盾」を解説すれば、

『 義理 』は、金や労役の貸し借りの世界。
それらの 約束事を守らなければ、同族として生きていけない世界。

『 人情 』は、素直な親子や男女・友人・隣人の心情の世界。

だが、男の世界 = 世間は、なぜ 心情より、義理 = しきたりを上位に持ってくるのか?

そこには、古代からの差別の社会と関係がある。

常磐津・清元・新内では、いわゆる庶民を歌っています。
浪曲はその最たるものです。

その中では、被差別の民衆の姿が歌われています。

やくざ・やーさんは、八の民だと言うことは、以前書きました。
http://utukusinom.exblog.jp/12725076
いわゆる江戸文化を創った、野次馬・弥(八)次 喜多(北)道中の世界です。 

馬鹿 = 騎馬系民への 蔑称 
阿呆 = 海洋系民への 蔑称  

弥・野は、八の民 = 大陸南部、及び南方から来た、海洋系部族
馬・北は、四の民 = 大陸北部から来た、騎馬系部族

公家や、お寺の人別帳を使って支配した権力者等から、あらゆる差別を受けた彼らは、支配層から団結して、自らを守るために、同族が団結しなければ ならなかったのです。

すなわち、同族の結束・しきたり = 『 義理 』こそが、生きていく術だったのです。

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by hansaki460 | 2010-07-09 09:20 | 歴 史 秘 話 | Comments(0)
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