信濃國 大御食ノ社に伝わる神代文字で書かれた「美しの杜社伝記」を解明してます。
by 史郎
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古代 東北人は、なぜ虐げられたのか? アイヌは 契丹系の 先住民

古代 東北人は、なぜ虐げられたのか? 

アイヌは 契丹系の 先住民
『 粛 慎 』 と 『 契 丹 』


◎ アイヌの伝承に登場する 小人に、コロポックルがいます。
この小人伝説は、北海道・南千島・樺太に流布しており、トィチセウンクル(竪穴に住む人)などとも呼ばれました。

縄文時代に活躍していたアイヌは、一時期、先住民のコロポックスを圧迫しました。 つまり、アイヌはコロポックルのあとから入植したのかもしれない。


◎ 契丹 (きったん・キタイ 英語: Khitan / Khitai ) は、満州から 中央アジアにかけた遊牧民族で、『 魏書 』 によると 契丹、高句麗、室韋、庫莫奚、豆莫婁(扶余の後継国家) の言語が同じとされます。 (日本古代の、上代特殊仮名遣に通ずるという説がある)

定説では モンゴル系、あるいは ツングース・テュルク(バイカル湖~中央ユーラシアに分布し、支那、アラビア、小アジア、バルカン半島を 支配したテュルク系諸民族) に近い種族という見方があります。

アイヌ語の 「首領・首長」 を意味する 「キタイ」 は、ここから来ており、アイヌは、契丹系と見て間違いないだろう。


◎ 粛慎 (しゅくしん・みしはせ) は、満州に住んでいたツングース系民族で、後に漢民族として統合されていった東アジア人に対する、春秋戦国時代の呼び名です。

中国の周代の文献や、日本書紀にも粛慎の記述が見られ、後代の 挹婁・勿吉・靺鞨・女真(満州族)と同系の民族 と考えられている。

この 「シュクシン」 という言葉は、アイヌ語で 「トリカブト(毒草)の棚」 を意味する 「スルク・サン」 が訛った言葉で、3000年ほど前の 満州で、「トリカブトの毒」 を塗った 矢を用いて、動物を捕っていた コロポックル系の狩猟民族と同じです。


◎ すなわち、列島北部の先住民には、ツングース系民族の 『コロポックル』 と、契丹系の 『アイヌ』 がいたのです。

大きな意味では同族の彼らは、やがて朝廷を支配した、唐系の藤原一族に征伐され、従属させられていきました。
そして、後に同系の末裔たちが列島に来て、白系の文化を伝えてきたのです。


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by hansaki460 | 2010-07-04 05:54 | 歴 史 秘 話 | Comments(0)
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