信濃國 大御食ノ社に伝わる神代文字で書かれた「美しの杜社伝記」を解明してます。
by 史郎
e0171497_18581696.jpg


HP
まぼろしの
吾道之宮


e0171497_1725895.jpg

   発売中



 今日も 応援クリック
 ありがとうございます

   にほんブログ村 歴史ブログ 日本史へ
   にほんブログ村 







google36ed5a3dddf221d0.html
ブログパーツ
以前の記事
2017年 10月
2017年 09月
2017年 08月
more...
カテゴリ
全体
やまと言葉
幻の吾道之宮
和歌姫 吾道彦
大御食神社社伝記
神代文字
古代文字便覧 
竹内文献 ホツマツタヱ 古史古伝
歴 史 秘 話
地方史から見た覇権の姿
一般
未分類
最新のコメント
唐・新羅進駐軍の唐側代表..
by 旅人 at 04:53
これが高学年の問題であれ..
by 通りすがり at 02:55
当方のブログに関しまして..
by hansaki460 at 07:23
三毛猫さんが書いているこ..
by moon33magic at 16:05
高良大社とは、朝鮮神社、..
by moon33magic at 11:25
その他のジャンル
外部リンク
記事ランキング
ブログジャンル


神代文字は徐福が伝えた 『甲骨文字』 だった。

神代文字は徐福が伝えた『甲骨文字』だった。


先日 八重洲ブックセンターへ立ち寄り、二冊の古代史関連の本を購入しました。

① 矢切止夫氏の、『 日本古代史入門 』と、
② いき一郎氏の、『 徐福集団渡来と 古代日本 』です。

◇ 矢切止夫氏の古代史観は、氏の野史辞典などを読んで知ってはいましたが、目から鱗の本です。

たとえば、東山文庫蔵本の後西帝の纏められた日本書紀を底本にした、黒板勝美の第九次日本書紀(現在主に使われている日本書紀)について、東山文庫蔵本が纏められた背景を語り、
『 これは江戸期製であり 後西帝の恨みが隠った誤りの書である。』
と、断言しています。
この『 日本古代史入門 』については、別の機会に紹介したいと思います。

◇ さて、② の、いき一郎氏の、『 徐福集団渡来と古代日本 』ですが、この中で大変参考になる、また心強い発見がありました。

それは、江戸幕府の修史事業として林羅山らが編纂した歴史書・本朝通鑑に、
『 徐福之来日本、在焚書抗儒之前 六七年矣、相蝌蚪篆籒書添竹牒、時人知者鮮矣。其后世世兵燹、紛失乱墜、未聞其伝、嗚呼惜哉。』

(始皇帝の焚書坑儒の6,7年前にやってきた徐福一行は 旧文字の竹簡などを持ってきたが、当時の者で知るものは少なかった。 わが国でも兵火で紛失し、今に伝わっていることを 聞かない。 惜しいものだ。)というものです。

文字は、漢字の起源である「甲骨文字」から「金文」、「大篆」と派生しました。

私のかねてからの自論は、『古代文字・神代文字の《あひる草文字》は、甲骨文字から読むことが出来る。』と言ってきました。

そしてこれにより、自論通りに少なくとも16世紀までは、徐福が甲骨文字よりもすこし進化した 蝌蚪篆籒書、すなわち おたまじゃくしの様な篆書体で書かれた竹簡を伝えたことが明確になりました。
ですから、あひる草文字は 読めるのです。

すくなくとも 紀元前3世紀頃までには、文字が伝わっていました。
しかし、大陸北部系の藤原氏に懐柔・支配された近畿天皇家は、大陸中西部から来た九州西部の勢力や、徐福のことを無視し、邪馬台国のことは、記紀に記しませんでした。

すなわち、前10世紀の南九州朝・御中主之神以来の古代九州朝の神話を盗んで、権威つけをしたのです。

そして未だに、邪馬台国は 近畿にあった と、一生懸命 こじつけようとしています。

◎ この事から、伊那谷の『大御食(おおみけ)神社 』に伝わる古代文字で書かれた社伝記 "美社神字録”の信憑性と、九州の神々ゆかりの神社であることが、証明されました。

ようやく、私の古代文字に係わる疑問も解け、取りあえずの結論を上程できます。^^
あとは、まとめる作業です。
e0171497_9114979.jpg

[PR]
by hansaki460 | 2010-02-21 07:44 | 神代文字 | Comments(1)
Commented by ケメ at 2011-12-23 18:09 x
こんにちは!今日はグーグルで見つけ来てしまいました。
丁度除福と安曇野に関する本を読んだ後だったものですから・・・。
・・やはり安曇野のルーツも九州の志賀島から来た除福の一派だということです。それは文字以外の農民と漁民と地形などの検証をしていました。検証が細かすぎて、かなりとばしてしまいました。
こちらのお話も難しくて一度では理解できませんが、度々勉強させて頂きにあがります。ありがとうございました。
<< 身近にある『古代史の真実』 (... 大御食神社 由緒 -1 >>