信濃國 大御食ノ社に伝わる神代文字で書かれた「美しの杜社伝記」を解明してます。
by 史郎
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代官を罷免した中世の百姓は、やはり特権階級だった。

代官を罷免した百姓は、やはり特権階級だった!


応仁の乱の頃、百姓が、東寺領太良庄の代官の罷免を、東寺の惣公文所にあてて、「御百姓等」 の名で出した 『 太良庄 惣百姓等 申状 』 があります。

乱の騒ぎが打ち続くなかで近隣の所領の代官たちは、所領の警護に当たっているのに、太良庄の代官は京からやってこなかった。


「 これ程の大儀に、・・・ せめて御中間を一人下されて、国の様子を見聞されることもない。 口惜しき次第です。」

「 たとい御百姓をば人とは思われずとも・・・・・・ このようなことなら、今後下向されることがあっても、一切御目には掛かりません。」


中世の百姓の論理がまかり通っているのです。
すなわち、よるべき 「公」 の主権者にとって百姓はやはり 「公」 としての存在なのです。

ですから、長禄三年(1459年)当時、「公」 の百姓に対する不当な支配には、抗議をする権利を堂々と行使しているのです。


やはり、古代~中世の百姓は 他の民衆と比べると、特権階級だったようです。

写真は、東寺に残る、申状です。 ↓
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by hansaki460 | 2009-06-14 09:34 | 歴 史 秘 話 | Comments(1)
Commented by アリス at 2009-07-06 20:50 x
なるほど、中世の身分関係って、そう単純じゃないんですね。いい資料ありがとうございました。
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